◆◆◆くじょう みやび日録 第二期◆◆◆
第一期から断続的に楽しんでいる「女房気分de書写」。
現在は
『栄花物語』を読み、巻一から順にひとつずつ好きな場面を書写
という形で一人密かに進行中です。
本日は、巻八をご紹介いたしますが、長かったので、2回に分けています(今回は後半)。
◆巻八「はつはな」:敦明親王と顕光女延子の結婚
長保5年(1003)冬から寛弘7年(1010)まで。
中宮彰子は、敦成親王に続き敦良親王をも出産。道長の嫡子頼通は具平親王女隆姫と結婚、彰子の妹妍子は東宮(三条天皇)へ参入、伊周の病悩と死、などなど、さまざまな出来事が描かれる巻。
東宮(三条天皇)の一宮・敦明親王が、右大臣藤原顕光の中姫・藤原延子の婿に迎えられました。
顕光は「ことに若くよりおぼえこそおはせざりしかど(…)かく命長くて、大臣までなりたまへれば」と評されています(特に若いころから人望もなかったけど、長生きしたから大臣にまでなった)。
最初は期待していなかった敦明親王も、思いのほか延子を気に入った様子。一条天皇の承香殿女御であった長女の藤原元子を頼りにしていた顕光も、いまでは延子をこそ大切に思っています。
書きたい名場面が多すぎたので選びきれず、結局顕光にしてしまいました(笑) ここでもまたディスられており面白かったので。とはいえ前述の文章、「大臣までなりたまへれば、いとめでたし」と結んでおり、最終的には一応肯定的な評価に落ち着いている(のか?)。
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