平安時代の女房になったつもりで書写シリーズ(?)第三弾。
今回は『栄花物語』巻一に引き続き、巻二「花山たづぬる中納言」より。
書写は、庚申待ちの夜、藤原超子が頓死する場面を選びました。
超子は藤原兼家の娘。道長やのちの東三条院詮子の姉にあたり、冷泉上皇女御としてのちの三条天皇(居貞親王)と、和泉式部との恋で有名な為尊親王・敦道親王を生んでいます。
このシーン、強烈な印象に残っていたのです。というのも、むかし読んだ谷崎潤一郎の小説のなかに非常に美しく描かれていたからです。
(…)俯伏しに倚りかゝつていらせられる御頭の、長々と垂れたすべらかしのおん黒髪や、海浦の摺裳のうへに、組入の天井の燈籠の明りが眩く落ちて、おん頂きの黄金の釵子や、蝶鳥の銀糸の繍のあるお腰のあたりが、絵のやうに美しく、きらきらと輝いて居る。
眠ってしまった超子の描写。そして……
(…)道隆が試みに女御のおん手を取つて見ると、それは氷のやうに冷たくなつて居た。(…)
たわゝに撓つた牡丹の大輪をゆり起すやうに、女房たちが御遺骸を抱き参らせると、夕顔の花のやうな白いお顔には、おん悩みの影だになく、らうたけたおん眉根の神々しさは、御生存中と変りがない。(…)
最初はどの文豪のなんの小説だったか、思い出せないくらいこの場面だけが強烈で(なぜか室生犀星かと思い込んでいた)。明け方に「大粒の雪が繽紛と降つて居た」という雪と、超子の美しいイメージがすべてでした。
短編のタイトルは「兄弟」で、タイトルからすると兼家と兄兼通の確執が中心テーマなのかもしれませんが、話自体は超子の少女時代にはじまり超子の死で終わり、あまりに超子の描写が美しいので、彼女の記憶しかありません。
谷崎潤一郎は平安王朝ものをいくつか書いていて、有名なのは「少将滋幹の母」でしょう。やはり若い時にこれを読んだので、私の藤原時平のイメージはだいぶこの小説に負っている気がします。
ほかに全集にあったのは、「信西」、「誕生」、「法成寺物語」、「小野篁妹に恋する事」でした。
[引用]『谷崎潤一郎全集』第5巻、中央公論新社、2016年