大和和紀漫画『天の果て地の限り』で、中臣鎌足(鎌足さん)の中大兄皇子への忠誠ぶりに心奪われた私でしたが……(以上、中臣鎌足 1 参照)

もちろん、鎌足さんの姿は、そんなロマンチックなものばかりではありません。



黒岩重吾『落日の王子 蘇我入鹿』上・下(文春文庫)
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表題どおり、蘇我入鹿主人公の古代史小説ですが、鎌足さんは「陰の主役」といってよいでしょう。

神祇官の家柄に過ぎない彼だが、大豪族の子弟の中で頭角を現し、尊敬され、親しく交際できたのは、時代の流れがもたらした学問文化ゆえだった。


 […]鎌足は、周囲を窺い、自分の足音にも耳を欹てながら生きて来たのだった。入鹿が陽とすれば鎌足は陰である。つまり鎌足は陰のように生きてきた。入鹿のような人物は、影の行動をつい見落してしまう。 [上150頁]


乙巳の変のクーデターは、鎌足さんが入鹿を斃すべく計画したもので、中大兄皇子は手段に過ぎない。内実としては、主従関係の「主」と「従」が完全に入れ替わった形で描かれている。むしろ、鎌足さんに関しては、こうした見方のほうが主流なのかもしれません。そして、いつのまにか私は“藤原氏スピリット”につながってゆくしたたかさに憧れていたのです。この小説は、こうした彼の姿を、最大限に評価しているように思えます。


同じ黒岩氏の小説
黒岩重吾『中大兄皇子伝』上・下(講談社)
http://mediamarker.net/u/n-kujoh/?asin=4062106574
では、さすがに中大兄主人公ものなので、二人の立場は逆転していますが。



ああ、そういえばまさに、中大兄皇子のほかに、自分が妄想してきた鎌足さんの相手(?)といえば、愛憎激しい蘇我入鹿なのでした。そう思っていたらなんと、NHKでこんなドラマが放送されたことがあります。
NHKドラマスペシャル 大化改新 [DVD]
http://mediamarker.net/u/n-kujoh/?asin=B0007VZBLK



さらに、鎌足さんが仕えた相手は、中大兄ではなかった、というのが、
遠山美都男『大化改新―六四五年六月の宮廷革命』
http://mediamarker.net/u/n-kujoh/?asin=4121011198
クーデターの主体は中大兄×鎌足ではなく、軽皇子(孝徳天皇)であった、という内容。つまり、鎌足さんは中大兄ではなく軽に近い人物ということです。



そして、次第に子孫たちの活躍にも心惹かれていきます。不比等、百川あたりは特に気になります。さらに下って道長あたり以降は、ほとんどの「登場人物」が藤原氏になってしまう感も。系図を眺めるのがすごく楽しいです。
朧谷寿『藤原氏千年』 (講談社現代新書)
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などは、藤原氏づくしの内容なので、大変ゴキゲンです。



なお、鎌足さんの真面目な基本書としては、結構新しいものもいくつかあるようですが、私が読んだのは以下です。ほかのものも機会をみて読んでいきたいと思います。
田村圓澄『藤原鎌足』(塙新書)
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興味深かったのは、「身分的コンプレックスの剋服」の章です。

鎌足さんに依存する中大兄にとっても、それは深い悩みであった。中臣氏は連姓身分であったから格上げが必要であり、①采女「安見児」を与える②鏡女王との結婚、などの方策がとられた。

①に関しては、天皇にしか許されない禁忌であり、②の鏡女王は、おそらく舒明天皇の皇女(中大兄にとっては異母姉妹ということになる)であろうとされる皇族女性である。(額田の姉ではない)


『万葉集』に歌が残っています。 ※中西進 『万葉集 全訳注原文付(一)』 講談社、1978


 内大臣藤原卿の采女安見児を娶(ま)きし時に作れる歌一首 

 われはもや安見児得たり皆人の得難(えかて)にすといふ安見児得たり  巻第二95


謳い上げられているのは恋の喜びではなく、身分上のコンプレックスをはねのけた「歓喜と満足」 [127頁] と、田村氏は表しています。


 内大臣藤原卿の鏡王女を娉(よば)ひし時に、鏡王女の内大臣に贈れる歌一首

 玉くしげ覆ふを安み開けていなば君が名はあれどわが名し惜しも  巻第二93


 内大臣藤原卿の鏡王女に報(こた)へ贈れる歌一首

 玉くしげみむまど山のさなかづらさ寝ずはつひにありかつましじ  巻第二94


こちらは鏡との相聞歌で、「みむまど山」は「みむろと山」「みもろの山」とも。

歌意は「夜が明けてからお帰りになると、人に知られちゃうわ。あなたはいいけど、私の名が立つのは困るのよ」、「そんなこといっても、一緒に寝ないでいられるわけないでしょう」……みたいな感じかな。

『天の果て地の限り』の告白シーンを思い出して、思わず可笑しくなってしまいます(^^;)