半蔵門~九段下散歩 9月25日(土) | 東京散歩道

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「東京お散歩教室」主宰、小島信康が綴る身近な街の素敵発見探訪記。

お散歩ナビゲーター小島信康です。

 

今回は只今開催中の東京お散歩教室「第160回 半蔵門~九段下散歩」の初日の様子を簡単にご紹介します。

 

出発は半蔵門駅から。

 

 

まずは、駅近くにあるル・グルニエ・ア・パン 麹町店でおやつを調達してJCIIフォトサロンへ。

 

 

JCIIフォトサロンは、千代田区一番町にある一般財団法人日本カメラ財団(Japan Camera Industry Institute)によって運営されている写真ギャラリー。

日本カメラ財団は、昭和29年(1954)に財団法人日本写真機検査協会として創立。

以来35年の間、カメラの輸出検査や、様々な試験及び研究業務等を行って、日本のカメラの品質向上に貢献してきました。

平成元年(1989)12月にカメラが輸出検査の対象から外れたのを機に、JCIIは業務の重点を文化的な事業へ転換。

平成元年(1989)11月に日本カメラ博物館、平成3年(1991)4月にJCIIフォトサロン、同年6月にJCIIライブラリーを開館し、平成11年(1999)には、名称も日本カメラ財団と改め、写真・映像文化の啓蒙と普及活動を行なってきました。

その中で、JCIIフォトサロンは、後世に残す価値のある記録写真を中心に、1ヶ月単位でモノクロ写真の企画展を開催。

日本の写真文化発展の歴史を多くの人に伝えています。

 

JCIIフォトサロンの次は、千鳥ヶ淵公園へ。

 

 

到着したところで、早速おやつタイムに入り、それから散策。

 

 

千鳥ヶ淵公園は、千代田区麴町1丁目に所在する、半蔵門公園とも呼ばれる区が管理する公園。

明治期の市区改正事業の一環として、大正8年(1919)に開園した公園で、南北に細長い形状をしており、敷地は、半蔵濠に面した敷地、内堀通り側駐日英国大使館前の桜並木、千鳥ケ淵交差点角の敷地と、3ヶ所に分かれています。

また、英国大使館前の桜並木は、明治14年(1881)に英国大使アーネスト・サトウから寄与された桜に由来します。

 

千鳥ヶ淵公園の次は、千鳥ケ淵戦没者墓苑へ。

 


 

千鳥ケ淵戦没者墓苑は、千代田区三番町に所在する、厚生労働省、環境省により維持管理されている無宗教の戦没者の墓(墓地公園)。

先の大戦において海外で亡くなられた軍人、軍属、一般邦人240万人のうち、政府等が遺骨を収容し、氏名が判明しない戦没者のご遺骨が納められている墓で、「無名戦没者の墓」として昭和34年(1959)3月28日に創建。

令和3年(2021)5月現在37万114柱が、六角堂内に安置されており、毎年5月に厚生労働省主催の慰霊行事として拝礼式が、また、年間を通じて各種団体主催の慰霊行事が随時行われています。

 

千鳥ケ淵戦没者墓苑の次は、千鳥ヶ淵緑道へ。

 

 

千鳥ヶ淵緑道は、千代田区に所在する、皇居の千鳥ヶ淵沿いに約700m続く、緑豊かな遊歩道。

春にはソメイヨシノを中心に緑道周辺で多くの桜がピンク色に染まることで知られています。

ちなみに、千鳥ヶ淵の名の由来は、冬に都鳥(ユリカモメ)などが多く集まることからきているという説や、V字型の濠が千鳥に似ている点からきているという説など諸説あるようです。

 

千鳥ヶ淵緑道の次は、九段坂公園へ。

 

 

九段坂公園は、千代田区九段南2丁目、靖国通り沿いに所在する区立公園。

園内の一角には、『元帥陸軍大将大山巌公像』『子爵品川弥二郎御像』といった歴史的人物の銅像や靖国神社が所有する高燈籠(常燈明台)があります。

 

 

初日は大山巌像と一緒に記念写真。

皆さん、撮影ご協力有難うございました。

 

記念撮影の次は、靖国神社へ。

 

 

靖国神社は、千代田区九段北3丁目に鎮座する神社。

創建は明治2年(1869)、戊辰戦争の戦没者を招魂鎮斎するために、明治政府によって創祀された「東京招魂社」がはじまりで、後に正式な神社として整備が進められ、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称。

御祭神は、幕末から明治維新にかけて功のあった志士にはじまり、嘉永6年(1853)のペリー来航以降の日本の国内外の事変・戦争等、国事に殉じた軍人、軍属等の戦没者を「英霊」と称して祀り、その数は246万6千余柱(内、5万7千余柱が女性)に及びます。

例祭は、春季例大祭(4月)と秋季例大祭(10月)が最重要の祭儀で、「当日祭」の日には、天皇陛下の遣いである勅使が参向。

昭和22年(1947)に始まった日本古来の盆行事に因んだ「みたままつり」(7月)は、東京の夏の風物詩となっています。

また、境内には、参拝施設の他、御祭神ゆかりの資料を集めた宝物館「遊就館」などがあり、靖国神社に鎮まる英霊の遺書や遺品をはじめ、英霊の真心やその事蹟を今に伝える貴重な史・資料が展示されています。

 

拝殿参拝の後は、境内にある神池庭園へ。

 

 

神池庭園は、明治の初めに造られたもので、平成11年(1999)の復元工事により、全国有数の名園であることがわかった庭園。

回遊式の庭園は、深い山の中を思わせる石組みが一番の見どころで、花崗岩の直橋は日本一の長さを誇っています。

 

靖国神社の次は、築土神社へ。

 

 

築土神社は、千代田区九段北1丁目に鎮座する神社。

天照大神の孫にあたる天津彦火邇々杵尊を主祭神とし、平将門と菅原道真を配祀しており、創建時の御祭神である平将門に因み、武勇長久の神社として親しまれ、日本武道館の氏神にもなっています。

創建は天慶3年(940)、現在の将門塚(大手町)周辺にあたる上平川村津久戸に平将門の首を祀って、「津久戸明神」と称したのがはじまりとされ、室町時代には、太田道灌が江戸城の北西、田安台に鎮守として社殿を造営。

上平川村田安に移転後は「田安明神」と称され、日枝神社、神田明神とともに江戸三社の一つにも数えられました。

その後も、下田安牛込見附、筑土八幡町(筑土八幡神社隣地に遷座して、「築土明神」となり、後に「築土神社」と改称)、富士見町と移り、昭和29年(1954)に現在地に移転。

築土神社は、多くの将門ゆかりの社寺の中で、将門信仰の象徴的神社とされてきましたところで、江戸時代の文献によると、平将門の首そのものも、かつては当社に安置されていたといわれています。

また、戦災で焼失するまで、将門の首を納めたという首桶、将門の肖像画、木造の束帯坐像等が社宝として伝わっていました。

しかし、それらは戦災により、社殿とともに全て焼失。

境内には、区指定文化財の力石と狛犬があり、狛犬は、安永9年(1780)に奉納された千代田区内最古のものです。

 

築土神社の次は、昭和館へ。

 

 

昭和館は、千代田区九段南1丁目所在する国立博物館(日本遺族会が運営を受託)で、国民が経験した戦中、戦後の生活上の労苦を後の世代の人々に伝えていくことを目的として、平成11年(1999)3月に開館。

実物資料の常設展示のほか、特別企画展や図書・映像・音響資料の閲覧事業を実施しています。

また、特徴的な外周の壁面にはチタン製のパネルが採用されており、建設から20年以上を経た現在でも美観を保っています。

(館内撮影禁止)

 

こんなふうにあちこち訪ね歩いて、九段下駅でお散歩は終了。

 

 

その後、ご希望された方々とファミレスで懇親会を開いて、解散となりました。

 

ご参加くださいました皆様、誠に有難うございました。

 

それでは、次回もどうぞよろしくお願いいたします。

 

東京お散歩教室

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