お散歩ナビゲーター小島信康です。
今回は只今開催中の東京お散歩教室「夏企画 月島~茅場町散歩」の様子を簡単にご紹介します。
(夏企画は夏季限定の夕方からのショートコース)
出発は月島駅から。
まずは、佃天台子育地蔵尊へ。
佃天台子育地蔵尊は、中央区佃1丁目の路地の中に安置された地蔵尊。
長寿延命・家内安全・諸願成就、そして子育てにもご利益があるといわれ、信仰を集めています。
平らな自然石に刻まれた地蔵尊は、左手に如意宝珠、右手に錫杖を持ち、また石には、地蔵比丘といわれた妙運和尚の刻銘があります。
江戸中期の正徳~元文年間に、地蔵菩薩を厚く信仰した上野寛永寺崇徳院宮法親王が、自ら地蔵尊像を描き、江戸府内の寺院に地蔵尊造立を促したという言い伝えと、地蔵比丘といわれた妙運和尚が、この宮が描いた地蔵尊を写して、全国の信者に八萬四千体石地蔵尊の建立を発願したという話があります。
ここに刻まれている地蔵尊は、妙運和尚の刻銘から、その拝写された地蔵の姿そのものではないかといわれています。
佃天台子育地蔵尊の次は、佃波除稲荷神社・於咲稲荷神社へ。
佃波除稲荷神社・於咲稲荷神社は、中央区佃1丁目に鎮座する、倉稲魂命を御祭神として祀る稲荷神社。
鳥居を共有して、波除稲荷神社と於咲稲荷神社が鎮座しており、境内には、「さし石」と呼ばれる若い漁師たちの力競べの習慣を今日に伝える3個の力石(区民有形民俗文化財)が置かれています。
佃波除稲荷神社・於咲稲荷神社の次は、佃堀へ。
佃堀は、東西の佃島間と人足寄場(浮浪人収容施設)として利用された石川島との間に残された運河の名残。
よくガイドブックなどでも取り上げられる、船溜まりと後ろに聳え立つ近代的なマンション群が現代の佃を象徴しています。
佃堀の次は、佃まちかど展示館へ。
途中、この街らしい佃煮の名店などをチェック。
佃まちかど展示館は、中央区佃1丁目にある、江戸開府以来400年の歴史や伝統を誇る地域の歴史・文化資料、伝統工芸品、伝統行事などで使用する用具等を一般に展示・公開している「中央区まちかど展示館」の一つ。
開設は、平成24年(2012)8月1日で、千貫神輿や獅子頭のほか、240年前の明和年間の複製古地図や、佃例祭の写真、佃の街並み写真などが、収蔵、展示されています。
佃まちかど展示館の次は、佃島渡船場跡へ。
佃島渡船場跡は、中央区佃1丁目にある記念碑。
かつての佃島と対岸の佃大橋西詰付近との間に正保2年(1645)に通ったのが佃の渡しです。
明治9年(1876)には、渡し銭1人5厘の掲示札の下付を願い出て許可され、大正15年(1926)には東京市の運営に移り、昭和2年(1927)3月に無賃の曳船渡船となりました。
「佃島渡船」の石碑は、手こぎ渡船を廃止した記念として、この時期に建てられたもので、佃島渡船は昭和31年(1956)には、1日平均60往復、利用者は16,000人まで膨れ上がりましたが、昭和39年(1964)8月の佃大橋完成によって、300年以上の歴史を持つ佃島渡船は廃止されました。
佃島渡船場跡の次は、住吉神社へ。
途中、駄菓子やアイスも売っている佃屋酒店で、メンバーさん何人かがおやつを購入。
(後で佃公園で食べました)
住吉神社は、中央区佃1丁目に鎮座する、住吉三神と称される主祭神(底筒之男命・中筒之男命・表筒之男命)と相殿神として、息長足姫命(神功皇后)と東照御親命(徳川家康)を祀る神社。
由緒は、天正18年(1590)、徳川家康が江戸に移った際、摂津国佃村の漁民30余名と田蓑神社の神職・平岡権大夫好次が江戸に移住し、幕府より鉄砲洲の向かいにある干潟を拝領して島を築き、正保2年(1645)、島は故郷の名にちなんで佃島と名付けられ、正保3年(1646)、鎮守として田蓑神社の分霊と東照大権現を奉斎したのが起源。
海上安全、渡航安全の守護神として信仰を集め、後に埋め立てにより、月島、勝どき、豊海、晴海といった街ができると、これら地域の産土神(氏神)にもなりました。
住吉神社の次は、佃公園へ。
途中、再び佃堀の景観をチェック。
佃公園は、中央区佃1丁目にある区立公園。
石川島公園と連続していて、その境目に中央大橋があり、園内には、石川島燈台の復元やモニュメント「みどりの風」などがあります。
続いて、石川島公園に入ってからは、遠くに見える永代橋や東京スカイツリーをチェック。
石川島公園の親水テラスをぶらつきながら、相生橋が見えてきたところで記念写真。
皆さん、撮影ご協力有難うございました。
記念写真の後は、相生橋を渡り、越中島公園へ。
越中島公園は、江東区越中島1丁目にある、北は大島川水門、南は清澄通りまで伸びる、南北に細長い区立公園。
親水テラスがあり、水に触れることができます。
また、東京の夜景観賞スポットとして知られており、雑誌やインターネット等で数多く紹介。
清澄通り沿い近くには、東京水辺ラインの越中島発着場があります。
越中島公園の次は、永代橋へ。
永代橋は、中央区新川と江東区永代を結ぶ隅田川の橋。
最初の架橋は元禄11年(1698)、徳川綱吉の50歳の賀を祝して永代の名が付けられたといい、赤穂義士が討ち入りの帰りに渡ったことでも知られています。
また、文化4年(1807)には、富岡八幡宮の祭礼に詰めかけた群衆の重さに耐えきれず、落橋事故を起こし、多数の死者を出すという惨事もありました。
現在の橋は、大正15年(1926)に関東大震災復興事業として架けられた耐震耐火のアーチ橋で、橋長185.2m、幅員は22mあり、国の重要文化財(建造物)に指定されています。
永代橋では、橋上から大川端リバーシティ21の夜景を観賞。
永代橋の次は、豊海橋へ。
豊海橋は、昭和2年(1927)に架設された中央区日本橋箱崎町と中央区新川を結ぶ日本橋川に架かる震災復興橋で、中央区民有形文化財。
フィーレンディール橋と呼ばれる梯子を横にしたような構造が特徴で、永代橋との景観上のバランスが考慮されています。
豊海橋の次は、高尾稲荷神社へ。
高尾稲荷神社は、中央区日本橋箱崎町に鎮座する神社。
江戸時代の遊女・高尾太夫が仙台藩主・伊達綱宗の怒りを買い、隅田川の楼船上で切り殺され、遺体が引き揚げられた当地に、彼女の神霊・高尾大明神を祀ったのが起源とされています。
実体の神霊(太夫の頭蓋骨)を御祭神として社の中に安置する、全国でも非常に珍しい神社です。
こんなふうに、あちこち見どころを巡って、茅場町駅でお散歩終了。
ご参加くださいました皆様、誠に有難うございました。
それでは、次回もどうぞよろしくお願いいたします。
東京お散歩教室