東京散歩道

「東京お散歩教室」主宰、小島信康が綴る身近な街の素敵発見探訪記。


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お散歩ナビゲーター 小島信康です。

 

今回は12月2日(土)から始まりました東京お散歩教室

第111回 早稲田~新大久保散歩」の初日の様子を簡単にご紹介します。

 

出発は早稲田駅から。

 

まずは、穴八幡宮へ。

 

 

穴八幡宮は、新宿区西早稲田2丁目に鎮座する、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后を

主祭神として祀る神社。

旧称は「高田八幡宮」で、寛永18年(1641)に宮守の庵を建立するため

南側の山裾を切り開いたところ、神穴が見つかり、中から金銅の阿弥陀如来像が現れ

それ以来「穴八幡宮」と称するようになりました。

江戸時代は幕府の祈願所・城北の総鎮護として敬われ

享保13年(1728)に、徳川吉宗が世嗣の疱瘡平癒祈願のため、流鏑馬を奉納。

この流鏑馬は、現在も新宿区指定無形民俗文化財として、毎年体育の日の午後に

都立戸山公園で開催されています。

他にも、毎年冬至から節分までの期間に配られる「一陽来復御守」が

金銀融通のお守りとして有名です。

 

穴八幡宮の次は、箱根山へ。

 

 

箱根山は、都立戸山公園内にある山手線内で一番標高が高い人工の山。

江戸時代、尾張藩二代藩主徳川光友によって整備された池泉回遊式庭園「戸山荘」の

築山「玉円峰」の名残といわれるもので、標高は44.6mあります。

また、山の周辺には軍楽隊の野外演奏場跡や将校集会所を利用した教会・幼稚園といった

陸軍戸山学校時代の戦争遺跡が残されています。

 

 

初日は、箱根山の山頂で記念写真。

皆さん、撮影ご協力有難うございました。

 

箱根山の次は、新宿7丁目の窪地エリアへ。

 

 

途中、新宿区新宿7丁目にある深山園で、たい焼きやたこ焼きを買って

一回目のおやつタイム。

 

 

新宿7丁目の窪地エリアでは、「椎木坂」や「梯子坂」といった名のある坂道

無名の小さな階段坂、路地裏の朽ち果てた井戸などをご案内。

 

新宿7丁目の窪地エリアの次は、抜弁天へ。

 

 

抜弁天は、新宿区余丁町に鎮座する、市杵島姫命を御祭神として祀る神社。

正式名は厳嶋神社です。

抜弁天の名前の由来は、源義家が奥州平定に向かう途中、この地に立ち寄って戦勝祈願をし

苦難を切り抜けられたことと、参道が南北に通り抜けできることから。

古くから、江戸六弁天の一つとして、崇敬を集め

現在は、新宿山ノ手七福神の弁財天として、親しまれています。

 

抜弁天の次は、西向天神社へ。

 

 

途中、新宿区新宿6丁目にある、地元で人気のパン屋さん「峰屋」で

手作りパンを買って、天神山児童遊園で試食会。

 

 

西向天神社は、新宿区新宿6丁目に鎮座する、菅原道真を御祭神として祀る神社。

明恵上人が菅原道真自作の尊像を持って東国に下向し、北野天満宮を勧請したのが起源といわれ

旧東大久保村の鎮守社だったことから、「大久保(大窪)天満宮」と称していたことも。

西向天神社という名は、社殿が西方を向いているからで、この他「棗天神」という俗称もあります。

 

西向天神社の次は、新宿イーストサイドスクエアで小休止。

 

 

新宿イーストサイドスクエアは、新宿区新宿6丁目にある、東新宿駅に直結する複合施設。

都心部最大のゴルフ練習場だった「日本テレビゴルフガーデン」跡地の再開発により

平成24年9月にグランドオープン。

地上20階のオフィスビルで、スクウェア・エニックスや東急ハンズなどの本社が

テナントとして入り、1階と地下1階には、様々なショップとレストランがあります。

 

新宿イーストサイドスクエアの次は、島崎藤村旧居跡へ。

 

 

島崎藤村旧居跡は、新宿区歌舞伎町2丁目にある

島崎藤村が明治38年(1905)5月から、明治39年(1906)9月まで住んだ旧居跡。

藤村はこの地で長編小説『破壊』を完成し、作家としての名声を不動のものにしました。

しかし、一方で、極貧による栄養失調で三人の娘を失うなど、辛い日々を送り

1年数か月で浅草新片町に転居しました。

 

島崎藤村旧居跡の次は、GUNKAN東新宿ビルの外観をチェック。

 

 

GUNKAN東新宿ビルは、新宿区大久保1丁目に所在する高層建築。

建築家・渡邊洋治氏が設計を担当した地上14階のビルで、昭和45年(1970)に竣工。

旧名称は「第3スカイビル」、「ニュースカイビル」で、築40年が経過し、解体が検討されましたが

平成23年に改修工事が行われ、その際、「GUNKAN東新宿ビル」に名称を変更。

建物は「軍艦マンション」と呼ばれる通り、デザインは軍艦をイメージしたもので

各階のY字状の廊下に、6畳の鉄製居室ユニットが取り付けられています。

 

GUNKAN東新宿ビルを見た後は、稲荷鬼王神社へ。

 

 

稲荷鬼王神社は、新宿区歌舞伎町2丁目に鎮座する

宇賀能御魂命・月夜見命・大物主命・天手力男命の他、旧大久保村の神々を御祭神として祀る神社。

由緒は、はじめ承応2年(1653)に、この地の氏神として稲荷神社が祀られ

天保2年(1831)に、百姓・田中清右衛門が熊野から勧請していた鬼王権現を合祀して

鬼の福授けの社「稲荷鬼王神社」に。

境内には、社殿の他、新宿山ノ手七福神の恵比寿神として崇敬を集める三島神社(恵比壽神社)

富士塚の頂上に鎮座する浅間神社、しゃがんだ鬼の頭に大きな手水鉢を乗せた水鉢などの他

神秘的な音色を放つ水琴窟もあります。

 

稲荷鬼王神社の次は、小泉八雲終焉の地へ。

 

 

小泉八雲終焉の地は、小泉八雲が晩年に居住し、亡くなった場所(新宿区大久保1丁目)。

明治29年(1896)、東京帝国大学講師に招かれ上京した八雲は、市谷富久町に居を構え

執筆活動を行いましたが、周辺の喧騒を嫌い、明治35年(1902)3月、この地に転居。

執筆活動に加え、明治37年(1904)からは、早稲田大学でも教鞭をとりましたが

同年9月26日、狭心症のため急逝しました。

記念碑は、八雲生誕百年を記念して、東京八雲同人会によって建立。

碑面中央に「小泉八雲舊居跡」と刻まれています。

 

小泉八雲終焉の地の次は、小泉八雲記念公園へ。

 

 

小泉八雲記念公園は、新宿区大久保1丁目に所在する、面積約1,512㎡の区立公園。

小泉八雲の終焉の地である大久保に、平成5年3月27日開園した記念公園で

八雲の出身地であるギリシャをイメージし、石柱など白を基調にデザイン。

園内には、彼の生涯を紹介した碑や胸像の他、ギリシャ領の島「レフカダ島」を描いた

タイル舗装があります。

 

小泉八雲記念公園の次は、夫婦木神社へ。

 

 

夫婦木神社は、新宿区大久保2丁目に鎮座する

伊邪那岐大神と伊邪那美大神を御祭神として祀る神社。

夫婦木神社の社殿は、もとは皆中稲荷神社の神職の居宅だったもので

神職の引っ越しに伴い、淡路島に鎮座する伊邪那岐大神・伊邪那美大神の

御分霊を勧請し、神社を創建。

縁結び、子授け、安産、和合、子孫繁栄、延命長寿等にご利益があるといわれ

特に子授けを願う人たちから尊崇されています。

 

夫婦木神社の次は、皆中稲荷神社へ。

 

 

皆中稲荷神社は、新宿区百人町1丁目に鎮座する

倉稲之魂之大神・伊邪那岐之大神・伊邪那美之大神・諏訪大神・日本武命を御祭神として祀る神社。

寛永年間(1624~1644)に、徳川幕府が現在の新宿区百人町に駐屯させた

「鉄砲組百人隊」の射撃百発百中のエピソードから有名になった神社で

昔から「皆中(みなあたる)の稲荷」と称えられ

特に、「当たり」を願う人々から、篤く信仰されています。

 

こんなふうにあちこちご案内して、新大久保駅でお散歩は終了。

 

 

そして、ご希望されたメンバーさんと居酒屋で打ち上げをして、解散となりました。

 

ご参加くださいました皆様、長時間お付き合いいただき、誠に有難うございました。

 

それでは、次回もどうぞよろしくお願い致します。

 

東京お散歩教室

http://tokyo-osampo.com

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