昨日は自民党の加藤紘一さんを偲ぶ、「だだちゃ豆の会」に出席した。加藤さんとは政党は違ったが色々な場面で協力しあった仲だった。

 

 特に1994年に誕生した自社さ政権では、総理が社会党の村山さんで、3党間の政策調整は自民党の政調会長加藤さんと、社会党の政審会長関山さんと、さきがけの政調会長であった私の3人が中心となって行った。当時さきがけは国会議員20人程度の小所帯であり、若手議員を含め全員が各省庁に関係する問題の政策調整を行った。その中では現在代表選に立候補している前原君と枝野君も1期生ながら自民党のベテラン議員と対等に議論を戦わせ、政策調整に当たって頑張っていた。

 
 加藤紘一さんは衆目の一致する総理候補であり、誰もが遠くない時期に総理になると思っていた。それが加藤の乱でかなわず、その後YKKの一人、小泉さんが予想を覆して総理に就任。誰もが間違いないと思っていた加藤総理誕生がかなわず、他方、誰も予想しなかった私がその後総理になるなど、政界は一瞬先は闇とはよく言ったものだ。
 
 来年末までには行われる衆院選で誰が首班指名を受けるか予想するのはむつかしい。細川さんのように日本新党を立ち上げてわずか1年で総理になった例もある。小池さんも新党ファーストで総理を目指すことも考えていると思うが、その場合都知事をやめて衆議院選への立候補が必要であり、そこが大きな障害となりそうだ。