福島原発事故から4年、改めて原発の是非が大きな争点となっている。最近のNHKの世論調査でも原発再稼働の反対は賛成の2倍に上っている。
しかし、それにもかかわらず一部の論者、例えば中西輝政京都大学名誉教授は月刊誌ボイスの4月号で、「反原発」は「反日本」運動だと暴論を展開している。そして私の名を挙げ、「市民運動家としての自らの信念である『反原発』を国家政策の根幹に据えようとした」と、ある意味では評価してくれている。
「反原発」を主張することが「反日本」だとすれば、原発ゼロを実現しようとしているドイツのメルケル首相は「反ドイツ」ということになるのか。あまりにも非論理的で、学者の論文とも思えない。
中西氏は原発が稼働しないと日本は経済も環境もだめになるといわんばかりである。いまだに「原発は安全で安価でクリーン」という原発神話を信じているのだろうか。
福島原発事故では現場の責任者であった吉田所長が、私と同様、東日本が壊滅する危機感を強く持っていたことは吉田調書からも明らかだ。そうした危機感のかけらもなく、現存の原発が「安全」というのはまさに原発信仰以外の何物でもない。