3月29日、薬害エイズ裁判・和解18周年の講演を頼まれて、当時のことを改めて思い出していた。


  薬害エイズ事件は血友病の患者が医師から受けた血液製剤の注射でエイズ感染するという薬害で、これまでに血液製剤でエイズ感染した人の半数に近い人が亡くなっている本当に痛ましい事件である。血液製剤は開発された当時、血友病に対する画期的な治療薬といわれた。その材料となる血液はアメリカでの売血であった。多数の人からの売血が一緒にされて、その中に一人でもエイズ感染者がいれば、エイズウイルスが混入し、感染につながった。


  その後血友病についても安全な加熱製剤が開発され、エイズ治療においても画期的な薬が開発され、今では一般の感染症の病気と同じように、治療ができるようになった。


  薬の開発には常に副作用の危険性を伴う。難病に苦しむ人は多少の危険性があっても新しく開発された効果の高い薬に期待する。それだけに副作用情報の公開が必要となる。


  薬害エイズの場合、厚生省が主催していたエイズ研究班の議事録が公開されず、研究班の資料が歴代大臣が探しても「見つからない」として隠されために、被害が広がり、救済も遅れた。


  この事件が大きなきっかけとなって、1999年、情報公開法が成立した。しかし最近では秘密保護法によって行政に都合が悪い情報を隠すことができることになってきた。薬害エイズ研究班の資料と同じような、役所内での研究資料も秘密指定されれば公開されないことになる。


 秘密保護法で薬の副作用情報までもが秘密の対象にならないように監視しておかなければならない。