無料サンプル作品「踏まれ老醜回想録 アルトカルシフィリア6」  | 天使の刻印 - 葉桜夏樹 Blog


踏まれ老醜回想録: アルトカルシフィリア6  価格972円(税込)

 

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踏まれ老醜回想録: アルトカルシフィリア6  価格972円(税込)


この世にはゴミがいる。そのひとりが私だ。私のような老醜は息をしているだけでも迷惑な存在である。そのくせ、女性の靴に執着したり、女性から踏まれたがったり、もうそうなると、ゴミ以外の何ものでもない。しかし、七十七のき喜じゅ寿を迎える歳になって、私はこう考えなおした。おもいきり性欲に溺れるのも一考、と。ボケたフリをして、正々堂々と若い女性の靴を舐めよう、若い女性から踏まれよう、と。


もちろん迷惑はじゅう重じゅう々承知である。それに誰もそのことで私をとがめることはない。変態扱いするどころか、むしろ、同情的な目で見てくれる。そんなふざけた考えだから、アパートに私を訪ねてきた二人の女性を目の前にしても、べつのことが気になっている。彼女たちが玄関で脱いだ靴のほうへ、ちらちらと目が勝手におよいでしまう。 


彼女たちは、老人介護保険施設からきた職員である。その施設は、私が最近まで入院していた病院と隣接しており、二人のうち、ひとりはすでに顔見知りだった。見覚えのある黄色いトレーナーを着ている。その病院に入院しているときに、私がさんざん迷惑をかけた女性である。スーツ姿のもうひとりの女性ははじめて見る顔だった。二人とも若く、この仕事には不似合いなほど美人だった。


その二人の女性が、突然、おせっかい者の六十代の町内会長(私が住むアパートの大家)と一緒にやってきた。なんでも私のケアプランとやらを作成するというのだ。私はその説明を黙って聞いている最中である。 そもそも、こうなったきっかけは、一ヶ月ほど前、頭の血管が破れ、手術後の後遺症が、脳や神経に残ったことだった。


おかげで、体の自由がきかなくなってしまい、足はしびれ、地面の上に立っている感覚はなく、歩くと雲を踏んでいるようにふわふわとする。手も同様で、にぎったものはすぐに下に落としてしまう。ただし、脳の後遺症は、(たしかに手術直後は昏睡状態にあり、多少は意識も混濁したが・・・)告白すると、それは、すぐに回復していた。今では、かえって手術前より頭はさ冴えているほどである。


脳の後遺症と思われている奇異な問題行動も、じつは自作自演である。それなのに、目の前の二人の女性たちは、何も知らないとはいえ、同情的なまなざしで私を見ている。それにひきかえ、私の横にいる町内会長からは、まったく、それが感じられない。それどころか、手術後に障害が残ったことを知ると、これさいわいと、自分のアパートからさっさと追い出し、施設へ放り込みたい、という魂胆が透けて見える。


もっとも、私の場合、生活保護を受け、家賃もきちんと払っているので、気に病む必要もないと思うのだが、それでも、身よりのない独居老人がアパートにいることは、大家としてはよほど不安らしく、同情的な顔をつくろいながらも、そのくせ施設に入ることを、やたらと強調する。おまけに、私の顔をながめながら、町内会長は、この人には前々からおかしなところがあった、などと言い出した。


「つまり、坂谷さんには、手術の前から問題行動があったということですね」 スーツを着ているほうの女性が町内会長にたずねる。首からぶらさげたビニールケースの名札を見るとなか中もり森か花のん音とある。名前の上に老人介護保険施設の名称とケアマネージャーの文字。私の介護に関して、いろいろと今後の計画を練る人らしい。まだ、あどけなさが残る美人だ。


 町内会長はこたえた。「ええ。私はじっさいに見てはいないのですが、近所の人からの聞いた話によると・・・」 町内会長は、そこで私が横にいることを思い出したのか、咳払いをすると、喉をしぼり、こっちを横目でちらちらと見ながら、「このアパートの前は、近くの女子高の通学路なのですが、登下校時の生徒さんたちを、窓から顔を出してじっとながめているらしいのです。学校側も、それに気づいたのか、最近では、このアパートの前に監視の先生が立つようになりました。まったく、迷惑な話ですよ」 


しっかりバレていたのだなと思った。近所の目には気づかなかった。花音さんと冬海さんが同時に私を見るが、私はとぼけた顔をする。「問題行動は、それだけですか?」と花音さん。「あと、近所の話では、アパート前の路地にモノを置くということです」と町内会長。「モノを? それはどういうことですか?」と花音さんは首をかしげる。「どういうことというか・・・どうしてでしょうねえ・・・」 町内会長が困った顔をする。 すると、「路地を歩く女子高の生徒さんに踏ませるためですよ。たぶん・・・」 花音さんの横にいる冬海さんが口をはさむ。


彼女は病院での私の問題行動を知っていた。私から、さんざんな目にあった彼女は、町内会長の話から、すぐにピンときたのだ。「それにどういう意味があるのですか?」 花音さんが冬海さんのほうを見てたずねる。冬海さんは、一度、かるく深呼吸をすると、病院での私の問題行動について語りはじめた。話は、じじつより、かなりひかえめだった。


町内会長と花音さんは不可解な表情を浮かべながら黙って話を聞いている。はじめこそ、二人とも、あいづちを打っていたが、しだいに、それもなくなると、途中から幽霊が目の前を通った顔になった。病院での問題行動の話を最後まで聞くと、それに花音さんは医師から聞いた話を加えた。


「坂谷さんの場合、脳の手術のあと、経過が思わしくなかったそうです。脳に水がたまり、その水を抜くためのチューブを入れる手術もしたそうです。このようなことは医師でないと判断はできないのですが、もしかすると、脳機能が低下してしまった結果の後遺症、問題行動かも知れませんね。人に何か踏ませたり、踏まれたがったり、常識的に考えれば、ふつう、あり得ませんよね」


冬海さんと町内会長が納得したようにうなずく。私にしてみると、してやったりである。病院での問題行動はすべて演技である。花音さんがいうところの、脳の後遺症とやらに見せかけているほうが、何かと都合がよいというわけだ。たとえば、今でも、こうして、みんなが私のことで熱心に話し合っている最中でも、私は子供のように手遊びにほう惚ける。


そのうち、体をくねらせる。暇を持て余す。その場を抜ける。這うようにして玄関にいく。土間にならんだ女性たちの靴に顔を近づける。黒いパンプスと女性用のスポーツシューズ。町内会長の靴(汚物)は目に入れないようにする。黒いパンプスはケアマネージャーの花音さんだろう。


いっぽう、スポーツシューズは冬海さんのものだろう。見覚えがある。病院にいたときは、この靴とも、いろいろあったな、とふり返る。彼女たちがはいてきた靴を、交互にながめる。じっくりと観察する。それから、まずパンプスのはき口に鼻を近づける。足のあぶら脂あせ汗の匂いもふくまれているのだろうが、基本的には石けんの甘い匂いがする。きれいな女性の足とは、こうも香しいものなのか、とあらためて思う。


ヒールの高さは五センチほど。踵は細め。先はとがっている。パンプスに手をふれる。仕事と割り切ってはく、値段と機能性重視の靴。合皮ではない。本革。靴表面の甲の部分に、わずかな履きジワ。つま先あたりに目を移す。足指をふちどったふくらみ。パンプスの表面を指先でなぞる。感触をたしかめる。目をとじる。彼女から踏まれている気になる。


この靴で踏まれて死にたいと本気で思う。私にしてみると、介護のことを心配されるよりも、このパンプスで踏まれることのほうが、どれだけシアワセなことか。老いにむしばまれ、すっかり体は老衰したというのに、性欲がいっこうに衰える気配がないのは、どうしたことか。それどころか、性欲を持て余している。いや、持て余しているどころか、むしろ、若いときよりも、激しくなっているのは、どういうことか。


年寄りの赤ちゃん返りやワガママは、よく聞く話だが、思うに、あれは、退職や子育てなどを終えた結果、社会的責任から解放され、それまで穏便に社会生活を送るために身につけていた常識だの道徳だのといった、大人の縛りがほどけたせいではないか、とにらんでいる。それらがほどけたせいで、もとからあった自身の欲望が、いっきに表象した結果ではないか、と。私の場合。それが女性の足や靴を舐めたい、女性から踏みつけられたい、という執着になってあらわれたようだ。


とにかく、朝から晩まで頭はそれでいっぱいである。だから、部屋に若い美人の女性が二人もきて、こうして玄関に靴があれば、まともでいられるわけがない。ああ、踏まれたい、となる。腹這いから体をおこして、あぐらをかく。黒いパンプスの両方を手に取り、靴底をながめる。


本底の中央は無数の丸い粒の模様。両サイドを細い線模様がはさむ。踵はギザギザの模様になっている。外を歩いた汚れ。靴底全体は灰色。いよいよ、たまらなくなる。靴底に舌をつける。無味。というか、ざらざらした砂の味。それが口のなかでひろがる。花音さんの靴底の味と思うと、おいしくて涙がこぼれそうになる。


本底をきれいに舐め終えて、とがった踵の先をアメ玉のように、しゃぶりついたところで、「ダメです、そんなことをしたら!」 悲鳴にも近い花音さんの声。ふり返ると、みんなが私を見ている。とうぜん、私が手に持っている黒いパンプスもみんなの目に入っている。


それでも、かまわず、私は黒いパンプスの靴底を舐め続ける。見かねた花音さんが玄関に飛んでくる。私からパンプスを取りあげる。怒ってはいないが、あきれた顔つきで、彼女は立って上から見ていた。「ダメでしょ? こういうことをしては。だいいち、外を歩いた靴の裏なんか舐めたら汚いです。病気するかも知れないでしょ?」


花音さんは優しくたしなめる。幼稚園の先生が園児に注意する物言いだった。私は焦点の定まらない目で見返し、とぼけた顔で首をふると、「オイシイデス・・・」と言った。「おいしい? 靴の裏は汚いの。おいしくなんてありません。外で何を踏んだか、わからないのですよ」と花音さん。「クツヲ、カエシテ、クダサイ・・・」


私は取りあげられたパンプスに手をのばすが、花音さんは、ダメダメ、と首を横にふり、ドアをあけ、玄関の靴をすべて扉の外に出してカギをしめた。それから、あぐらをかいていた私の腕を優しくつかんで、玄関横の流しに立たせた。


花音さんは汚れた食器であふれかえった流しから、コップを見つけだすと、それを蛇口の水でていねいに洗いはじめた。その様子を彼女の横で私はじっと見ていた。花音さんの横顔があまりにも美しくて、たまらなくなる。その場にかがみ込むと、ストッキングの上から彼女のふくらはぎに口をつけた。電気が走ったように、花音さんの全身がそれに反応した。


コップを洗う手がとまり、腰の高さにかがんでいる私をにらんだ。怒りが、その美しい顔全体にひろがり、口をひらきかけたが、気持ちを押しとどめたのか、流しにむかうと、またコップを黙々と洗いはじめた。そのときは、ぶたれると思ったのに、またそう念じ続けていたのに、彼女は私からすこし距離を置いただけだった。


脚を舐められたからといって、施設の職員が障害のあるボケジジイを殴るわけがない。 ゆっくりとまた立ちあがる。その様子を見ていた冬海さんが流しのほうへやってくる。花音さんに、大丈夫ですか? と心配そうに声をかける。花音さんは、引きつった顔で、ありがとう、大丈夫、とぎこちなく笑って返す。それから、きれいになったコップに水をつぎ、そのコップを私に持たせると、花音さんは、「お水でお口のなかをきれいにしてください」と事務的に言った。


言われたとおり、コップの水を口にふくむ。そして、口のなかをゆすぐと、そのまま、その水を飲み込んだ。「ダメです。飲んだら」花音さんがまた声をあげた。彼女が外を歩いたパンプス。そのパンプスの汚れた靴底を舐め、そのことで口のなかに残った汚れを吐き出すどころか、水と一緒に胃へ流し込む。花音さんは、あきれ顔で私を見ている。私は右手を突き出し、ピースサインで陽気にこたえる。「病院にいたときもそうでしたが、このように、坂谷さんには、ときどき問題行動が見られるのですよ」と冬海さん。


すると、部屋のほうから、町内会長が、「こりゃあ、たしかに、おかしな行動だ。あはは・・・」と笑いまじりに言った。 私をはやくアパートから追い出したい、という気持ちがこもっている。 その物言いを不愉快ととったのか、花音さんは、「程度の差こそあれ、歳をとれば、おかしな行動は、どなたにでもあることです」と言った。


それにつけても問題行動のある人と思われることは、(本当にそのことで苦しんでいる人には申し訳ないのだが・・・)、こと私に関する限り、非情に有り難い。なにしろ、こうやって、人目を気にせず、堂々と自分がやりたいことができるのだから、これはたまらない。また、そんな私を味方した花音さんが頼もしく見える。その横で膝をつき、ゴメンナサイ・・・ゴメンナサイ・・・、と彼女のすぐ足もとで泣き崩れる。嘘泣きだ。目のすみでは、彼女のストッキングのつま先を、しっかり見ている。


足もとで泣いている私に、花音さんは、さっきの不快な思いから気を取りなおしたのか、心配になったのか、いくらか同情的になったらしい。いいですよ、いいですよ、と足もとの私を立たせようと中腰になる。そんな彼女の気持ちをよそに私は彼女のつま先に夢中になっている。きれいな足の爪をストッキングごしに見ている。


花音さんがはいてきた黒いパンプスは、この美しい素足をつつみ、靴底はかたい地面の突起物や汚い異物から足裏を守ってきたのだろう。その靴底を舐めた、というじじつが快楽に落ちる。つま先に舌を這わせる。すると彼女は、すごい勢いで、舐めた足をうしろに引いた。顔をあげると、さすがに二度目。今度ばかりは、露骨な嫌悪の表情。目がとがっている。しかし、それでも、また職務を思い出したのか、すぐにその表情をほどく。


そして何事もなかったように、私をその場に残し、そそくさと部屋のほうへ戻っていった。かわりにやってきたのが、町内会長と冬海さんだった。私の腕を取ったのは町内会長のほうで、男の手にふれられ、私は悪寒がした。町内会長はゆっくりと私を立たせる。「さあ、戻ってくださいね」 冬海さんが私の肩に手をそえ、部屋へ戻るようにと優しくうながす。町内会長がかるく私の背中をおす。


しかたなく、しぶしぶ、部屋に戻り、また町内会長の横に腰をおろした。そして話の続きに加わった。話は私の今後の身の振り方だった。「坂谷さんの親族の方は本当に誰もいないのですか?」 花音さんが町内会長にたずねる。彼女の目はまったく私を見なくなっていた。


「なんでも、ずいぶん昔に奥さんと別れ、そのあと、ずっとひとりだったようですねえ。兄弟もいないようです。その別れた奥さんとのあいだには息子がひとりいました。その子は、しばらく、このアパートで生活していましたが、坂谷さんが放置したせいで児童施設にいきました。施設に引き取られるときでしたか、まあ、私もその場に立ち会ったのですが、胸が痛みましたよ。小学生くらいの子供が、聞けば、学校にも行かず、ずうっと、ひとりで、この部屋で何年も生活していたのですからねえ。ひどい話ですよ。はい」


「その子は食事とかはどうしていたのですか?」と冬海さん。「坂谷さんの知り合いの人が、毎日、スーパーの弁当とかパンをとどけていたようですね」 全員からため息がもれ、いっせいに私を見る。気まずい空気を感じる。町内会長はどうでもよいが、二人の女性の目に私は下をむく。「町内会長は、坂谷さんとは、長いおつき合いなのですか?」と冬海さん。


「まあ、そうですねえ。かれこれ、三十年、いや四十年以上になりますかねえ」 それに女性二人が驚く。それから、すこしの沈黙をはさみ、町内会長が愚痴っぽく、「だいたい、どうして病院側は、ひとり暮らしの坂谷さんを自宅に戻したのでしょうか? 私としては納得いきませんな。自宅ではなく、どこかの施設に移す必要があったのではないですか?」と話を混ぜ返す。


それに花音さんがこたえる。「たしかに、私もそう思います。その点を病院側のケアマネージャーにもたずねてみたのですが、介護老人保健施設やデイケアに、まず空きがないこと、そして、坂谷さん自身が、それらの施設へ入所できる条件を満たしていなかったことをおっしゃっていました」 テキパキとした話し方だった。私はほ惚れぼ惚れとした。横を見ると、町内会長は、腕を組み、困った、とうなっている。


花音さんが続ける。「病院側は、坂谷さんの問題行動も、リハビリ等で、いずれは回復すると思っていたようです」「でも、全然、回復していないではないですか?」 町内会長が食ってかかる。 えっ・・・ええ、と言葉をつまらせ、花音さんは下をむく。「ただ病院側も、一般の患者さんもいらっしゃるわけで、これ以上は対応できないと判断したようです・・・」と花音さん。



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