無料サンプル作品「踏まれたい アルトカルシフィリア3」葉桜 夏樹 著 ① | 天使の刻印 - 葉桜夏樹 Blog


ここでは以下のkindle本の無料サンプルを公開しています。
(kindle本のサンプルは縦書きですがweb用に読みやすいよう横書きにし、ルビ等など再度編集していますので実際の文章とは違います。)






* この作品は、2006年4月に単行本として刊行された「踏まれたい/ 葉桜夏樹著」のkindle版です。一部、加筆・修正はしていますが内容に大きな変更はありません。

駅で降りたときから吐き気がしていた。駅前からバスに乗ると、すぐに車に酔ってしまい、窓から外を見ていた。町は都会的に洗練されてはいたものの、記憶にある風景と、たいして、変わってはいなかった。彼が住んでいた団地の近くで、バスを降り、しばらく歩くと、橋が見えた。その橋を渡りながら、欄干から下をのぞくと、川には魚がおよぎ、川べりもきれいに整備されている。

上流には高級住宅街があり、その足もとに団地がある。その団地に足を踏み入れると、想像以上に建物は老朽化していた。黒ずんだ外壁は、ひび割れ、窓の上についたコンクリートのひさしの所々は落ちて、ベランダの手すりも、錆びて腐っている。駐車場には、ナンバーの外れた廃車が、何台も放置され、薄汚い犬が、エサを嗅ぎまわるように歩いている。どこからともなく漂う、糞尿の臭いや、重く湿った空気のせいで、私は団地のブロック塀の陰にかくれると、今度こそ吐いてしまった。

電柱に、彼の葬儀を案内する看板を見つけ、それにしたがって歩いた。どうやら、葬儀は団地の集会場でやるらしく、花輪とで飾られた建物があらわれた。入口で受付を済ませ、建物の中に入ると、かんたんな祭壇があった。遺影を見ると、変わり果てた顔の彼が、不明慮な笑みを浮かべながら、私を見ている。私は会場にならべられたパイプイスの一番うしろの席に腰をおろした。

ほとんどの人が近所の寄り合いにでも来たような普段着の格好をしている。喪服を着ているのは葬儀屋らしき業者の人間が、数人と、若い女がひとりだけだった。女は不自然なほど目立っていた。遠くにいても、すぐに目に飛び込んでくるほど輝いていた。美しさに加え、気品もあり、葬儀場にいた人々は、死んだ彼との関係を想像しているようだった。女はうつむいていたが、そこに悲しみのようなものはなく、むしろ、清々しくさえ思えた。女は自分に注がれる人々の視線を平然と束ねていた。

葬儀が終わり、私はそそくさと会場をあとにした。バスには乗らず、歩いて、駅へとむかった。途中、湿った空気が、大粒の雨となり、白煙が地面を這う中を、私は駅へと駆けた。雨の中を傘もささず、死んだ親友を両手で持って歩いていた彼の姿を憶えている。 灰色の校庭で雨に溶けてゆく彼の輪郭。その彼も、この世には、もういないのだ。

私はぬれた視界の中で、だんだんと、彼の死を認識しはじめていた。そして、彼の存在の大きさを思った。彼からすり込まれた原理は、私の中で、今も機能していた。駅に着き、雨の餌食にされた私は、喫茶店で休むことにした。コーヒーとサンドイッチを注文し、窓際の席に腰をおろし、そこから外をながめながら、もうひとつの用事のことを思っていた。暗い感情が、濁流のように押し寄せ、しばらくたじろいでいたが、それでも、上着のポケットから携帯電話を取り出すと、思い切って、昔の恋人に電話をかけてみた。 お手伝いさんらしき人が最初に出て、それから、彼女の母親にかわると、私は自分の名前を告げた。そして、 「いますか?」とていねいな口調でたずねた。

母親は、私のことをまだ憶えていてくれたらしく、
「ちょっと待ってね」と彼女につないでくれた。
「いつ戻ってきたの?」
それが彼女の私への最初の言葉だった。
「今日…」と私はこたえた。
「そう…」
「駅前の喫茶店にいる。会えないか?」
返事はなかった。
「来てくれるまで待っている」と私は早口で言った。
「迷惑よ」
彼女の言葉を胸に飲み込み、
「迷惑はわかっている」と私はいっぽう的に電話を切った。

黒いネクタイをゆるめ、イスにもたれた。自分の身を支えるのも億劫になるほどの気だるさが、全身をおおった。死んだ彼の声が頭で鳴り響いている。私は、激しく首をふると、タバコに火をつけた。



彼をはじめて見たのは高校三年の春だった。クラス替えの際に、私の席の前に座っていたのが彼だった。彼はクラスで目立っていた。いや、学校全体でも、たぶん、そうだったと思う。それは容姿が良かったとか、性格が良かったからとかいう、彼の存在を肯定する理由からではなかった。

異常に背が低いわりには、やたら顔が大きく、頭には髪の毛がなかった。まぶたは火傷でただれたように垂れさがり、唇は腫れたようにめくれ上がっていた。彼がそのような容姿になった原因は、子供のころの大病にあった。  彼はほとんど誰とも口をきかなかった。無表情で、いつも下をむき、怯えていたのは、「いじめ」にあっていたせいだった。

休み時間になると、教室のうしろで、彼はいじめグループからおもちゃにされていた。プロレスの技をかけられたり、ボクシングのサンドバッグにされたりと、好き勝手にされていた。彼にとっては、子供時分から続く、「受難」という名の日課だった。  クラスの雰囲気にも慣れた制服の衣替えのころ、彼の噂を耳にした。興味深い内容だった。


無料サンプル②へ続く




踏まれたい アルトカルシフィリア3 / 葉桜 夏樹 著  kindle版 \784


天使の踏みつけ アルトカルシフィリア2 / 葉桜 夏樹 著 kindle版 光英出版 \784


ハイヒールで踏まれて アルトカルシフィリア / 葉桜 夏樹 著 kindle版 光英出版 \784


kindle本を、スマートフォン、PCでお読みいただくには無料Kindleアプリが便利です。
Kindle無料アプリ
KindleアプリはWindows PC、Macをはじめ、各種スマートフォンおよびタブレットでご利用いただけます。Kindleアプリがインストールされていれば、一度買った本をどの端末からでも読むことができます(*)。もちろんKindle端末をお持ちであれば、同じように読書を楽しめます


小説(官能小説) ブログランキングへ