たとえ80円でも | ののsanの愉快なキリギリス生活 2

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のの のお気楽な日常を綴っています
読んでくださるみなさんが
楽しくて幸せな気分になる
そんなブログにしたいと思います

父の介護についても書いていましたが
2024年1月に永眠しました

拝読したブログに いいね!は残していません


糖尿病の病院からの帰り
親父が亡くなった病院に行った
キリギリス姉妹

もともと
担当医と病棟スタッフのみなさんに
ご挨拶に行く予定ではあったんですが
ついでに 親父の保険の請求に関係して
治療内容の確認と
1月分の入院費の支払いも済ませました

でも 入院費の中に
合点のいかない請求があったので
それを確認してからの支払いになりました

その額 たった80円

いや 80円 くらい払いますよ?
でもね その80円の向こう側には
何倍もの保険請求がありますからね

キリギリス もともと
高齢者の疾病に対する積極治療には
あまり賛成ではありません

親父のように治療で身体が弱って
死んでしまうこともあるし
そうならなかったとして
治療を続けても ただ生きているだけ?
と いう疑問もあったので
そのことについては また改めて

高齢者に保険から支出し過ぎだと
問題視する人もいるし
それも 一理あるとは思うけど
でも 親父に治療が必要だったかどうか
は 別問題として 保険診療で
治療を受ける権利は
有してたとは思っています

自営業だった期間 何十年もずっと
国保料は最高上限額払って来て
70歳代後半まで ほとんど
病院にはかかってませんでしたから
キリギリスの医療費と合わせても
まだ払って来た元は取れていません

もちろん 支払い額ではなく
医療費の総額で ですよ
このことについても
また改めて書ければ … と思ってます

で その80円は
歯科からの請求だったんですけど
親父を担当してくださった
歯科技工士の方に
直接 お話を伺うことができて
納得して支払いを済ませました

あちらちしてみれば
メンドクサイ患者家族だったろうけど
入院以降 ずっと病室に出向いて
口腔ケアをしてくださっていたそうで
お礼も言えたので良かったです

ちなみに病棟には
テープ式オムツ用のパッドを
もらってもらいました
わたしたちが使うのは
もうちょっと先になるだろうし
紙モノって置いておくと
パシパシに劣化したり
ダニがわいたりするんでね



親父が死んで1か月経って
時々 寂しさを感じるキリギリス

親父は死んだ実感がなくて
まだ 生きているような気がするので
親父がいない寂しさは感じないんだけど
これから ずっと お姉ちゃんと
ふたりきりなんだなぁって思うと
妙に寂しく感じるんですよね

キリギリス姉妹は
結婚してないし 子どももいないし
この先 何の変化もなく
ずっと ふたりで暮らしてくんですよね
で どっちかが先に死んで
ひとりになっちゃう

親父が高齢になってからも
何だか “ 死ぬ ” って非現実的で
文句言ってケンカしつつ
ずっと3人で暮らしてくような
そんな気が漠然としていて
うーん … ちょっと違うかな
そういう生活の終わりが
想像できてなかったのかな?

でも 当たり前なんだけど
人って死亡率100%なんですよね
そう考えると
寂しいと言うか 儚いと言うか
そして それは わたしにも
いつか必ず訪れるんですよね

今までの死生観が 親父の死によって
また ちょっと変化したキリギリスです



病院に入院費を払いに行った日
もう しばらくは
行くことはないだろうから
例のオレンジソーダを
ビッグカップで飲みました!

また しばらく飲めなくなるなぁ
寂しい💧
どこかに同じ自販機ないかなぁ





昨日は 夜の京都へ


こんな時間に 京都にいたのは

ホンマに久しぶりでした






今夜もキリギリスのひとりごとに

お付き合いくださって ありがとう


では では

おやすみなさい