7月1日の朝は6月30日と同じく、
小雨が降っていました。
大学病院で司法解剖の結果を待っている時
刑事さんから所持品などの遺品の返却がされました。
父さんの着ていたスーツは
処置のために切り裂かれていました。
ポケットにはしまも大好きで
父さんも大好きな飴が入っていました。
飴の包み紙も入っていたので
きっと昨日も食べていたよね、と
母さんはスーツを抱きしめながら泣いていました。
財布の中身を確認した時
刑事さんにお札が入っていなくて…と言われました。
父さんは元々あまり現金を持ち歩かなくて
必要な時に下ろす人だったので
所持金は小銭で数千円でした。
その事に少しだけ3人で笑いました。
それでもしまの頭の中は
父さん体開けられてるから本当に死んだんだな、
ということでいっぱいでした。
流石にこの時ばかりは泣きました。
それから解剖医さんに死因を聞きました。
心筋梗塞でした。
3本ある血管全てが詰まっていました、と。
詰まった時一瞬苦しかったかもしれないけど
そのままふっと逝ってしまった、と。
あるいは苦しまずにふっと逝ってしまった、と。
説明の後父さんは葬儀屋の車に乗せられ
葬儀屋の管理する保管所へ連れて行かれました。
土日や友引などが続いていて
葬儀までは少し時間がありました。
葬儀の日まで毎日父さんの元へ通いました。
本当に眠っているみたいで起きてきそうでした。
沢山の方が顔を見に来てくれました。
母さんは眠ってるみたいでしょ、とか
〇〇さんが来てくれたよ、とか
一緒に帰ろうよ、とか
ドラマでよく聞いた言葉ばっかり言っていました。
父さんが死んだことはすごく悲しいけれど
この時は母さんの泣く姿や言葉の方が
正直きつかったです。
ほら母さん泣かせんなよ、起きてよ
そう思っていました。
通夜の後、最後に家族全員で過ごそうと
葬儀屋のメモリアルルームを借りました。
父さんの大好きなTVも付けっ放しにして、
色々な思い出を話して笑って。
そうして家族4人の最後の夜を過ごしました。
父さんの体が焼かれて、骨になって灰になる時
さようなら、また会おうねと言う母さんの隣で、
兄と二人で行ってらっしゃいとおくり出しました。
納棺の時も色々あったし葬儀も色々あったけれど、
無事に父さんをおくることができました。
次は母さんの病気と向き合う番だ。
母さんは父さんの葬儀の翌週
検査入院をしました。
これからは父さんにかわって
しまが母さんを支えていく。
母さんには父さんの分も長く生きてもらって
母さんの人生を謳歌してもらわなければいけない。
父さんに会うのはまだまだずっと先だから、