諦めない気持ち大切な時に会うこと出来なかったからって決して諦めない。一生会えないわけではないのだから。いつかはきっと、想いが伝わる時がある。全てを敵に回しても、自分は前を向いて相手に必ずや気持ちを理解させる。姫路・書写山で撮影された『ラストサムライ』のように…。
☆☆シンデレラ エクスプレス☆☆初代『シンデレラエクスプレス』として登場した東海道・山陽新幹線の100系です。画像は残念ながら…山陽新幹線の、全盛期に『グランドひかり(2階建て車両4両連結)』として東京~博多を速達で走ってた車両の、現在『こだま』仕様のものです。 2代目『シンデレラエクスプレス』として登場した東海道・山陽新幹線の300系です。この車両は初代『のぞみ』として登場し、現在は東海道では全ての『こだま』と『ひかり』として走ってます。しかも『ひかり』は唯一の運用、ゆっきーの聖地・岡山までの運転しかありません。なので、岡山以西で見ることは殆どなく、多客期に臨時として走る『のぞみ』の運用でしかお目にかかれません。残念ながら映像は探してみたものの見つかりませんでした。3代目『シンデレラエクスプレス』として登場した東海道・山陽新幹線700系です。この車両は、暫定では最も多くの編成が存在する車両で、JR東海とJR西日本が所有する車両とで、若干の違いがあります。若干と言っても、中に乗ってみると全然違うんですけどね。インテリアそのものが、JR東海は『都会的ビジネス』って感じでJR西日本は『高級感あふれる癒しの移動スペース』って感じがして、乗った時の雰囲気が違います。外見では、顔の両サイドに『JR700』のロゴがあるか無いかでJR西日本仕様であるか違うかが解ります。ちなみに、このブログのTOP画像に載ってる700系はJR西日本仕様で、『JR700』のロゴが入ってます。映像は、ゆっきーがパラパラ全盛期の頃の2000年に放映されたJR東海のクリスマスイブ一日限定CMです。ってことで、今年はN700系で『シンデレラエクスプレス』のCMやるのかなぁ?って思ってたら、全くしませんでした。本当は500系東海道ラストが近いから500系でして欲しかったけど500系はJR西日本の所有車両なんで無理ですね。しかし、山下達郎さんの曲の『シンデレラエクスプレス』のCMは何度見ても感動します。ちなみに『クリスマス』なんで、前期の『ひかり』『こだま』の案内メロディの音源となったクリスマスの曲はこちらです(↓)。
撮影の思考を変えて東京のモデルとして誰もが知っている唯川明日香さん。同世代・メルヘン思考など、共通点を多く持つ彼女ですが、過去に撮影会で撮影したのは、たぶんたった一度だけ。だから、いずれは唯川明日香さんを自分のイメージで本気で真剣に撮影したいと思ってました。彼女からは大人としての素晴らしい仲間を紹介頂き、村木友紀に近い人生を大きく変えてくれた、かけがえのない大切な一人の乙女です。一眼レフカメラからしばらく離れようとも思ってましたが、来年始めに東京へ行くんで、その時に2010年の初撮りも兼ねて、最高の唯川明日香を撮影したいと思ってます。今回は、天候にも左右されない、明日香さんのイメージが形となった場所で撮影しようと思います。
村木友紀 岡山個人撮影にかけた想い今年、自身最大の思い出として実行した村木友紀の岡山個人撮影、本当に今年やって良かったのかだとか、今後の自分の行方についても全く解らなくなり、とりあえず、自分が今一番心がスッキリする手っ取り早い事を考え、愛車・Copenで東に向いて走りました。コース的には大阪から国道176号線を走って、六甲山の裏側を走り、周遊するような短いコースですが。そもそも2009年始めは、全くもって村木友紀の岡山個人撮影は実行に移す気持ちがありませんでした。しかし、夏頃に村木友紀より直々に岡山で撮影したいという強いお願いをされ、とりあえずは計画を立てたものの、過去まれにない膨大な費用を伴い、なかなか事を行えませんでした。その実行を隠しつつ、犠牲にしてきた大切な事は数多いです。いずれもラブピット関連が中心ですが、ラブピットの普通クラスの撮影会やライブ観覧、最初で最後のテーマパーク撮影会、そして…ラブピット最後となる撮影会と解散・卒業式。今までラブピットに対して、凄く心から応援を超えて出来る事なら何でも協力して、最初から最後まで支えてあげたい気持ちが強くあり、ファンとしてはまずやらないような、彼女達の宣材活動の手助け(フライヤー作成・名刺作成)や、衣装提供(ブーツのみですが…)までしました。だから、最後の最後まで見届けてあげたかった…。だけど、今回の村木友紀岡山個人撮影では、ひょっとしたら生涯最初で最後となる凄く大切な、ラブピットと出会う以前より願っていた夢が叶う確信があったんで、犠牲に出来なかった。そこで実行したんですが、天候に凄く悩まされたものの、この日しか出来ないので、自分としても撮影技術をもって限界の領域で挑戦したんですが、時間が経つにつれて、やはりあまり良い作品が撮れなかった…と後悔することが多かったです。改めて、日差しが全く無い曇り空での撮影の難しさを感じました。しかし撮影現場では、今回初めて協力してくださった、凄い所からの超強力スタッフのおかげで、まるで友達同士みたいなアットホームっていうか、凄くやりやすい環境で出来て、とても最高でした。この日をきっかけに、その方は自分が岡山で撮影する時の専属スタッフと決まった事は確かです。撮影は終わり、村木友紀はその後地元の友達とマッタリ過して東京へと戻ってしまった訳なんですが、昔の村木友紀は、必ず個人撮影会であろうが、ブログコメントやメッセージで感謝の気持ちを自然と残してくれてました。しかし、今回は『岡山=友達とのプライベート』的な色が濃く感じられ、さらには強要するつもりは無かったんですが、感謝のコメントすらなく、本当に岡山で撮影して良かったのか考えさせられました。彼女にとって2009年は、本当に色んな出来事があった年であり、長期にわたり真剣に取り組んでいたラジオ番組が突如終了したのを始まりに、やがてはラブピットの解散→自分の今後の行方を探し見つけないという大きな事が降りかかりました。そして、間もなく行われるラブピット解散・卒業式に比べれば、岡山での撮影は約束してしまったけど来年も行うし、そういう点から考えてもさほど大きな思い出とはならなかったのかもしれません。そして、自分の村木友紀に対する気持ちも日に日に深くなって、過剰に求めすぎてたのかもしれない…。村木友紀からも「ナベちゃんは私に何を求めてるの?」と言うがあえて求めるものの答えを出すのなら、昔みたいに一期一会を大切にして、感謝の気持ちを形にして残して欲しい…それだけかな。ラブピットとして活動して彼女は大きく進化した。しかし、その中で自分には気付いてない大切な一期一会に対する行動・気持ちの伝え方を彼女は失っていた気がする。忙しい日々・彼女たちラブピット手作りによるイベントを開催しさらにはアーティストデビューを果たし、アットホームなアイドルユニットとしては、これ以上ない大きな活躍をしてたから。仕方ないといえば仕方ないが、本当の気持ちを思えばどうなんでしょう。