昔から漠然と先生という存在に憧れがあった。
中学生くらいから、「将来の夢は?」と聞かれると、「学校の先生」と答えていた。
大学の進学先を決める時も、希望する科目の教員免許を取れるかどうかは必ず確認した。
高校の卒業文集にも、教師になるという将来の夢について書いた。
そして今、大学で教育について学んでいる。
私は初志貫徹ができるタイプでは無い。
流されやすいタイプだと自覚しているし、やりたくて始めた習い事や趣味も大体すぐやめてしまう。
そんな中、「教師になる」という夢だけは長いこと続いている。
いよいよ自分の進路について真剣に考えなくてはならなくなった今、なぜここまで教師という職に惹かれているのか、考えてみたい。
私は割と賢い大学に入学することができた。
この大学の教育学部から卒業してすぐ教師になる人はほとんどいないらしい。(私は教育学部ではないが)
通っている大学を知っている人に、将来は教師になりたいと言うと、十中八九「もったいない」と言われる。
ふざけるな。教師を見下すな。そう思う。
日本では、教師の労働環境が問題になっている。
やりがい搾取ともいえる現実がそこにはある。
ただ、自分1人の力でその大きな部分を変えていける自信はない。
それよりも私は生徒の人生が少しでもその子にとってよい方向に進む手助けをできたらそれでいい。
教育もSDGsの目標の中の1つとして取り上げられている。
そこで教育は、ほかの全ての持続可能な開発目標を達成するための土台、つまりすべての基盤であると言われている。
なにをするにも質の良い教育がまず欠かせないということだ。
教師は良い意味でも悪い意味でも、生徒の人生を変えることができる。
私は、危うくも大きな可能性を秘めた教育という営みの素晴らしさに惹かれているのかもしれない。
自分に教師という職業に対する適性があるかどうかはまだわからない。
ただ、覚悟はある。