しばらく前に長崎で
出版を記念した
対談がありました。


写真家の繁延あづささんと
老人ホームよりあいの所長、村瀬孝生さん。
ケアをひらくシリーズ編集の白石正明さんも参加され、後半は鼎談のようでした。

白熱したのは本に書かれたあとのこと、
今、お二人が渦中にいることや
思索していることについて。
常に今を生きる人なんだと
妙に納得させられる対談でした。





『山と獣と肉と皮』繁延あづさ




表紙写真は猪の解体。
太めの帯で隠すようにもとめられたそうです。

帯を外すと
見慣れてないために
写真の意味がわかるまで
しばし時間がかかりました。



作者の繁延さんは写真家。
小学生と中学生の子を育てながら
出産写真をライフワークにされています。



誕生を撮り続ける繁延さんが
移住先の生活の縁で
野禽を狩る猟師に同行し
狩りの場、
意図的な「死」に居合わせます。


命の終わりを目撃した猪の
分けてもらった体の一部を
自宅で食べやすく解体し、食す。


絶対おいしく食べてやる


何度も何度も唱えながら。




読者が追体験できるように書かれたそうです。



我が子や
食す生き物の
生と死を引き受けて
生き、命を繋ぐこと。


繁延さんは猟犬と狩りをする友人や
伝統的な皮なめし職人を訪れて
写真を撮りながら考えます。


今までスーパーで購入していた肉が
生き物であったこと。


獣の死にかなしみ、その屍をおいしく感じること。

土に還すことと、
命を余すことなく利用することの間に
湧き上がる心の動きを


写真家として
生活者として
人の命を預かる育児の
ままならなさの渦中にある
自身の身体感覚で

掴み直そうとされます。








同じ時期にされた
撮影の仕事

『いのち愛しむ、人生キッチン』桧山タミ



こちらは子どもから読める
『みらいおにぎり』桧山タミ




狩猟に同行して感じる「かなしみ」を
食す「よろこび」に変えるのは
料理だと、
桧山タミさんの生き方に
響き合うものを感じたそうです。











『シンクロと自由』村瀬孝生


対談のもうお一方。
村瀬孝生さん。


村瀬さんが所長をつとめる
特別老人ホームよりあいは

詩人谷川俊太郎さんも応援されている
界隈では有名なところらしいです。


利用者が守らなくてはならない
画一的なスケジュールはなく
管理優先で老人を我慢させてもいません。

玄関に鍵をかけていないから
出かけたいときに出られ
食べたいときに食べ、
寝たいときに寝て
死期の近いかたも皆の集まる部屋に居て
皆が日常を過ごしながら
その死を見送る




「絶好調の死にゆく体」

総体としては死に向かう体が、
残り少ない蓄えを
細胞や臓器たちと分け合い
循環させ燃やしている。

その協力と連携は体史上、
絶好調な営みとなる。

人は最期に死ぬのではなく、
最期まで生きるのだと実感する。






職員は
マニュアルを作ったほうが
合理的にみえることも
慎重にマニュアルにしないで

介護疲れで心が闇に落ちしそうなことも
押し殺さずに
綺麗事や理想で誤魔化さずに
昇華させて

人として自然な過ごしかたを
ホームの中でも
地域にも自然なかたちで
広げようとしています。



村瀬さんはご自身を振り返り

認知症で時空の認知が変わり、
多くのことを忘れていく人よりも

普通だと思って生きている
私達のほうが「わたし」を失ってないかと
問いかけます。


客観視することで
正しさの精度が上がり続ける世界に
「わたし」の主観など無用です。

データによる裏付けのある方法論に
「わたし」の実感など不要です。

ましてや考えなど邪魔でしょう。

そうやって「わたし」は消えていくのです。





例えば、村瀬さんは介護者として、
お年寄りは要介護者としての役割を
社会から与えられているといいます。



常識では計りかねる老人の主張に対して
介護者村瀬さんの
繊細な観察と
大胆な考察から導き出される解釈は
新鮮な発見に満ちています。


そのやりとりは
介護者、利用者を軽々と越えて
一人ではたどり着けない
「わたし」と「わたし」が対峙してのもの。

まるで舞踏か舞台演技のようです。
即興演技で生まれる奇跡のような瞬間が
本には書き留められています。





老いや介護の奥深さを見出す場所が
今現在、施設として成立していることに
救われる気がします。

私には影響力の大きな一冊となりそうです。






後日公開されたお二人の対談動画です。




会場の古民家で作業所のすみれ舎も
魅力的な居場所になっているようです。



印象的だったのは

よりあいのようなやり方は
よく大変そうに思われるけど
かえって
お互いが楽になると
話されていたこと。



村瀬さんは今、
実母の介護をされていて
介護のプロなのに
はじめは嫌悪感が勝っていた

昔はお嫁さんが担ってきた介護を
これからは第三者よりも
子が引き受ける社会になっていく

えてして
自分の言動、思考が親とシンクロし、
その言動をなぞっている感覚におそわれることがあって

そう考えると
親を介護するということは
親が自分自身を介護するようなことが
起こってくるんじゃないか。


・・・続きは次の本ですね、
と白石さん。

ちなみに繁延さんにも
本の依頼をしに来られたとのことで、
ケアをひらくシリーズに
繁延さんの名前が連ねられる日が
来年あたり見られるのかな。
こちらも待ち遠しいです。




『うまれるものがたり』繁延あづさ



この写真絵本・・・
というには150ページをこえるので
写真集でしょうか


出産にまつわる
六つの物語があります


光村図書の教科書にも
採用されているそうです。




powde roomのサイトからお借りしました


不妊治療のことも
死産のこともあって
切ない気持ちになる方も
いらっしゃるかもしれないけれど


素晴らしい表情の瞬間が
数多く残されていて
眺めていると
相手の生命を愛おしむ気持ちが
こんなにも尊く神々しいものなのだと

さまざまな感情がこみ上げてきます。




子に
特に男子に手にしてもらいたいです。
お勧めです。

妊婦さんや赤ちゃんを見る目が
かわりそうです。

















生まれてから
老い
息絶えるまでのこと
これまでとは
違ったふうに考えたくなりました。













さいごまで
長々とお付き合いありがとうございました。

皆さまが健やかにお過ごしでありますように。