過日、私も夜空を見上げました。
国立天文台のライブ中継をみながら。
星好きなお二人のトークが部室の先輩の雑談のようで、つい耳を傾けていました。
満天の夜空のハワイや石垣島などの中継を挟み、観測される皆さんの声はうきうきしていて、終始和やかでありながら興奮を感じる雰囲気のライブ配信でした。
お一方はもう20回も皆既月食を観ているそうな。曰く、今回は赤すぎず、暗すぎない色とのこと。
配信画像のほうが
たやすく皆既月食を眺めていられたけれど。
望遠鏡ごしにスマホで撮ってみました。
レンズを固定する器具がなくて
四苦八苦
青い天王星も
下手だけど記録として
同じ夜空を感嘆しながら
眺めてる人がいると思うと
嬉しくなる時間でした。
翌日の
立待月。
赤い月の余韻に浸りつつ眺めています。
月夜に思い出した本
『傷を愛せるか』宮地尚子
名エッセイの文庫化。
文字にすると重いタイトルですが、
ご本人撮影の表紙写真が
繊細で優しくて、
はじめのエッセイ
『なにもできなくても』を少し読んだら
心を掴まれました。
もったいなくて
少しずつ読みました。
宮地尚子さんは
精神科医で
医療人類学がご専門
ジェンダーとトラウマ研究者として
道を拓いてこられています。
エッセイは
はっとするほど
素直に書かれているものがあって
実績のある専門家も
一見すると無防備で
素朴な思いを
これほど正直に吐露されるんだと
驚かされました。
こんなに賢い人が集まっているのに
とうして、世の中はよくならないのだろう
『競争と幸せ』
大人になっても、医師になっても
自分が変えられることなどごくわずかしかないことを思い知らされつづける。
・・・
よけいなことをせず、ただ見守りつづけることもまた、むずかしい。
そして苦しい。
『なにもできなくても』
ヴァルネラビリティ
vulnerability
脆弱性、弱さ、攻撃誘発性と訳される
知られているけれど
普段はあまり使わない言葉
エッセイではこれらの言葉が
様々なテーマで
何度も話題にのぼります。
つい私も自分のことを考えて
無意識に強がったり
傷つきやすさなんてないかのように振る舞う
力みを
すこし緩めて
自分に脆さがあることを
受け容れたくなりました。
そう思うと
読書中の束の間
世間への警戒心が解かれような
体の緊張がふわっとほぐれる心地がして。
不思議なエッセイです。
宮地さんは文庫版のあとがきで
弱さをかかえたままの強さについて考え続けたい
と綴られています。
解説で天童荒太さんは
宮地さんの文を
正直であろうと意志をもって努めている文章
と評されています。
不思議な読み心地の秘密は
そのあたりにある気がしています。
ソウルファミリーのこと
変化のこと
祈ること
傷のこと。
心に残る文がいくつも綴られていて、
宮地さん撮影のモノクロ写真も
静かでぬくもりがあって
6章のうちほぼ2章が書き下ろしの
この一冊を
数百円で手に入れられるなんて
じつに贅沢なことです。
居待月がのぼってきました。
月と火星。
皆さまが健やかにお過ごしでありますように。







