世界の分断を埋めるのは
このような作家の作品と思う
金原瑞人(翻訳家)
金原さんの誘い文句に惹かれて読みました。
『帰りたい』
カミーラ・シャムジー
金原瑞人・安納令奈 訳
2022年6月刊
2014年のイギリス、アメリカを舞台に
パキスタンと
イギリスの二重国籍をもつムスリム
居所不明の弟を捜す双子の姉と
双子を育てた法学研究生の姉、
二人の物語が始まります。
イギリスでは
国家が
二重国籍の国民のイギリス国籍を
剥奪する権限を有しているのだそうです。
圧倒的な権力を前に
二人は薄氷を踏むような思いで行動します。
シリアやトルコ、パキスタンと
世界各地を舞台に
語り手が変わりながら
目まぐるしく事態が動きます。
居所不明の貧しい弟も
姉に惹かれる裕福な大臣の息子も
それぞれに父を慕い
家族から愛され生きてきました。
ただ、
たまたまその親のもと
その境遇に生まれついただけで
本当は真逆であってもおかしくない。
読みながらそのことが
頭から離れませんでした。
ロミオとジュリエットのような前半
謎が明らかになる
劇的な後半から
息をつかせぬまま
結末まで
怒涛のように物語は展開します。
この物語は
古代ギリシャのソポクレス
『アンティゴネー』を
現代社会を照らした翻案小説で
2017年国際ブッカー賞最終候補
2018年女性小説賞受賞
2019年BBCが選ぶ『私たちの世界をつくった小説ベスト100』政治・権力・抗議活動部門10作品の一つに選ばれています。
『アンティゴネー』
ソポクレース
中務哲郎訳
ナチスドイツが敗北した後のドイツで
当時の人々に重ねて翻案された
ブレヒト版『アンティゴネ』では
王を総統と呼んでいます。
ソポクレスのものも
薄い本のほとんどが訳注で
物語は短く
あっという間に読めましたが
ブレヒト版のほうが
テーマがシンプルで
さらに読みやすかったです。
勇気ではできないことも、恐怖がやらせる
略奪は略奪を生み、残酷は残酷を重ねる
『帰りたい』の読後、
2014年当時以降の時事やパキスタンの歴史を調べてみて、画像を見つけ、自分が記憶の隅に追いやっていた出来事、感じた恐怖を鮮明に思い出しました。
日本の人々もまた当事者でした。
『帰りたい』は社会の渦に抗いながらも巻き込まれる人々を描いています。『アンティゴネー』に込められた数々の相克とともに捉え直すと、作者が物語に込めた植民地支配やその後の無責任な政治への痛烈な批判が透けて見える気がします。
姉が法学を学んでいることが未来への希望につながり、憎しみや葛藤に渡す橋になってほしいと願わずにはいられませんでした。
ネットでは新聞などの書評を見つけられず、題材のデリケートさから扱われにくいのではと憶測します。
→日経、週刊朝日などにありました。
多くの人に読んでもらいたい作品です。



