ブログをつうじて
知らなかった世界を
教えていただいています。
ありがとうございます
こちらの本もその一冊。
ありがとうございます。
『世界の果てのこどもたち』
満州で出会った
三人の少女があゆむ
70年の物語です。
満州で出会った
あどけない6歳の子ども達は、
それぞれに立場が違います。
高知の貧村出身の珠子
土地を奪われて来た朝鮮人の美子
豊かな貿易商の娘、茉莉
三人に共通しているのは、
親や周りの大人から
慈しみ愛され育てられていたこと。
満州を離れたのち
三人は
守られるべき
か弱い
幼い子どもなのに
一転して
生存競争に容赦なく投げ込まれます。
守られるどころか
虐げられ
生存をおびやかされます。
中国残留孤児の珠子
日本でいわれない差別をうける美子
戦災孤児の茉莉
そこにいるのに
疎まれ
無視され、忘れられ
その心の痛みに気づかれることがありません。
救われるのは、この三人には
微力ながらも慈しみ守ろうとする
人達がいたこと。
自分たちを愛してくれた人達との
思い出があったこと。
その価値の大きさが
命綱となって
苦境を生き抜く力となりました。
作者の中脇初枝さんは
柳田國男のような民俗学者を志され
創作とならんで
昔話の再話や
地域の生活史の研究もなさっています。
本書を編むにあたっても
数多くの方々から話を聞き、
資料にあたって史実を確認し
中国現地に何度も渡られたと語られています。
『世界の果ての子どもたち』は
社会的に弱い立場におかれがちな
子どもや寄る辺ない女性のなかでも
さらに
社会のなかで
うったえる声を聞いてもらえなかった
立場の人々の目線から
戦争の姿を照らし出しています。
時代背景をあらわすのに
教科書ではあまり触れないだろう史実にも
一行二行でもふれています。
相手の土地を奪っていたこと
人を殺せと戦地に送り出したことなど
市井の人々が
加害者でもあった事実も
登場人物の気づきとして
語らせます。
平易なことばで
淡々と描かれる世界は
当事者が語り記す
戦争文学やノンフィクションよりは
物腰は柔らかいかもしれません。
ただ、そのおかげで、私のような
歴史の入り口にたった人が
我が身に置き換えて共感しやすく
足を踏み入れやすい
広い間口を用意してくれているように感じました。
タイトルの「世界の果て」は
はじめは
残留孤児や在日韓国・朝鮮人
戦災孤児といった
社会の中心から外れた
子ども達がいるところを
指しているのかと思いました。
よくよく考えると、
今も、世界各地で
もしかしたら、
すぐ隣でもあることなのだと
投げかけられているようにも思います。
『パチンコ』ミン・ジン・リー
読みかけて
慎ましい暮らしの人々に
どんな不幸がおとずれるのかと
一度中断していた一冊。
『世界の果ての子どもたち』や
最近読んだ書籍に
背中を押される気持ちで読みきりました。
鮮やかな色彩の
美しい刺繍の装丁が目をひきます。
在日韓国・朝鮮人の四世代にわたる歴史小説。
全米で100万部のベストセラーです。
作者のミン・ジン・リーさんは
7歳の時に韓国からアメリカへ移住し
結婚後、日本に4年住んでいます。
はじめは現代の設定で
四世を主人公にした
小説だったものを
日本で多くの方から話を聞き、
四世代の物語として
構想から練り直し
足かけ30年をかけて完成させたそうです。
訳者は『おしん』のような物語だと評しています。
私は移民小説のせいか、
『ゴッドファーザー』三部作のような印象をもちました。
登場人物はそれぞれに
常に岐路に立たされます。
選択の余地はほぼなく
選んでいくのですが、
選ばなかった別の道が
本来進むべき道だったのではないかと
何度も蘇り、切なくなります。
選べる未来があることを予感させる
終盤のエピソードが、
かすかな希望を感じさせてくれました。
AppleTV+でドラマ化が決まり、
今年撮影が終わりました
(放映時期はまだ未定)。
イ・ミンホ、
アカデミー賞を受賞したユン・ヨジョン、
南果歩の名前があがっています。
『世界の果ての子どもたち』と異なっていたのは
登場人物の一人が
家族からたくさんの愛を
注がれていたにもかかわらず、
ある事実を受け入れられずに
悲しい選択をしたことです。
作者は
普通の生き方をしたかったんだと
別の人物に語らせますが
偽らなくては生きられないような
普通って、なんなのでしょう。
自分が依って立つ
文化や民族を全否定される価値観を
内面に宿すと
愛情をもってしても
打ち負かされてしまう
現実もあるのだと
突きつけられるようでした。
在日韓国・朝鮮人として生きることが
どんな意味をもつのか
どんなふうに生きてきたのかを
多少なりと知ることで
別の視点で歴史をとらえなおす
機会ともなりました。
どちらの本も
当事者とは
異なる次世代の者が
史実にあたりながら
聞き取った語りを参照しながら
さらに次の世代へ繋ぐ物語を綴っていて
時間だけでなく
書き手も読み手も
国を越え
共感を得ることで
力を得て
新たな価値を生み出しているように
みえるところが
新鮮に感じます。
それは私が世間知らずなだけで
世界を行き来することが
当たり前になった現代には
自然な流れなのかもしれません。
その流れのいきおいが
どうか
苦しみを抱える人々を追い詰めるものではなく
生きづらさを解き放ってくれるものになってほしいと切に願います。






