最後の特集になります。マラソンです。


中村 匠吾

伊賀白鳳高校→駒澤大学→富士通

マラソン:2:08:16


熱血監督と二人三脚で掴んだ夢舞台

 駒大時代から注目を集めていましたよね。特に1区を任されることが多く、他の選手でほとんど見ない2段階スパートを武器としている選手。あの設楽兄弟を苦しめ続けました。そして4年時の箱根では集団から遅れても何度も食らいつき、最終的に自らスパートをして区間賞を獲得。大八木監督からも「ガッツのある選手」というこれ以上のないお墨付きをもらいます。

 実業団に入っても大やぎ監督のもとで東京五輪のマラソンのトレーニングを続けます。故障がちなこともあり、シーズン1年目は目立ちませんでしたが、そこからは日本選手権で入賞するなど確実に頭角を現してきました。そして初マラソンとなったびわ湖毎日マラソンでは、基準タイムに間に合わないと言われながらも最後に物凄いダッシュを見せて標準を突破、MGC出場権を手にします。その後に海外のマラソンで8分台を記録、記録も持って臨んだMGC本番では終盤に先述の2段階スパートが炸裂!並走していた大迫、服部選手を置き去りにし、逃げ切って優勝!恩師となった大八木監督の目にも光るものがありました。その後もニューイヤー駅伝で有力選手を振り切るなどロードでは強さが違いますね。5月に軽い故障があったようですが、その後は順調なよう。スパートを活かせる展開に持ち込めるでしょうか。



服部 勇馬

仙台育英高校→東洋大学→トヨタ自動車

マラソン:2:07:27


努力で得たロードの才能、スタミナ勝負へ

 派手さはないが、確実に走ってくる。そんな印象を持っている選手です。学生時代からロードでの強さは別格、スピードでは上の村山選手に競り勝って箱根華の2区で区間賞、さらにその翌年は留学生選手を振り切って区間賞。2年連続でエース区間で区間賞を獲得しています。

 ただ、マラソンは苦しんだ…。学生レース最後に挑んだ東京マラソンは35km以降に失速、2度目のマラソンも同様に失速。30kmまでは強いというレッテルを貼られるようになってしまいます。さらにその後に故障して1年間姿を見せなくなるなど、ここまではこれまでにない苦労をしています。

 しかし、復帰後はひたすらにスタミナ練習を重ねます。課題の35km以降もスピードを落とさない練習を重ねに重ねました。その成果はすぐに発揮され、福岡国際マラソンで見事に優勝を達成!7分台というタイムはもちろんですが、35km以降にラップを上げているという点に注目が集まっていました。そして迎えたMGCではその終盤も仕掛けられてもひたすらに粘り続けるいぶし銀な走りを披露。最後に大迫選手を交して2位に入って出場権を獲得しました。その後もニューイヤー駅伝に顔を出すなど、元気な姿が見えますね。これまで人一倍に努力をした選手、この大会でその成果を出してほしい。



大迫 傑

佐久長聖高校→早稲田大学→日清食品→NIKE

マラソン:2:05:29


貫き続けたプロ意識、全てを賭けるラストラン

 学生時代からひたすらにスピードを重視してきました。箱根駅伝での活躍はもちろんですが、3年時からアメリカに拠点を移して練習、4年時には早くも世界陸上に出場するなど早くから世界に挑んできました。

 卒業後は1年間実業団を挟んでからはアメリカでプロランナーとして活動。その後も世界陸上北京大会、リオ五輪に出場し、世界の選手と渡り歩いてきました。

 ただ、そこからはマラソンにシフト、初マラソンのボストンマラソンで3位に入り、一気に話題を掻っ攫いました。その後も日本記録を出すなどメキメキ頭角を現し、満を持してMGCを迎えます。しかし、そのMGCではまさかの3位。その場での代表内定はもらえず、その後のファイナルチャレンジに賭けることになります。有力候補であったために出場する必要もありませんでしたが、東京マラソンに出場することを選択。そこでの走りは気迫溢れるものがありましたね。遅れそうになっても何度も食らいつき、最後は再び日本記録を更新し、代表内定を確実なものにしました。インタビューの際に見せた涙にはMGCが終わってからの葛藤やケニア遠征など試行錯誤が報われたことへの安堵がありました。また、「世界の大迫」を東京で見れるということに歓喜した陸上ファンも多いかもしれません。

 ただ、今年の7月29日に衝撃な発言をします。内容は「今回の東京五輪で現役選手としてのラストレースとする」というものでした。事実上の「引退」というものです。その言葉には東京五輪で追い求めているものの大きさ、そして覚悟が伝わってきます。30歳で見せるラストレース、果たしてどういうものになるのか。