数日前、父を看取りました。


末期癌であることが発覚してから、約3ヶ月。
在宅医療を受けながら、
家族に見守られて、穏やかに旅立ちました。


起き上がること、寝返りをすることも、
日一日と動かなくなる肉体。

徐々に、
自分1人でできることが減っていく…

さらに、
息苦しさや痛みもあって、
「早く楽になりたい」と言っていた。


この毎日に、
どんな気持ちだったのかは
わからないけれど。


私に出来ることは、
ただただ、毎日、毎瞬を、
誠実に生きている姿を見守ることだけ。

それが最高の敬意と思ったからです。


思いを馳せたところで、
代わってあげることは出来ないし。
よくなるわけでもないから。


だから、
与えられた命を懸命に生きる姿を
しっかりと目に焼き付けました。




誰かの命の終わりは、
他の命に、何かしらのバトンを
渡すのかもしれません。


私は、
父の最後の3ヶ月を通して、
自分の生き方を見直しているところです。



言葉が悪いですが…

「与えられてしまった時間と肉体」
それを背負いながら懸命に生きる姿に
いつも考えさせられたからです。


今の私は健康で、
自分の事は自分で出来る。


それなのに、
やりたいことがあるのに、動けない。
嫌なのに、辞められない。
『退屈だけど、まぁ安心』という枠から、
外に出ようとしていない。

それを「仕方ないよね」とする。

肉体としては、
やろうと思えば出来るのに……‼️


そんな、生半可に生きている自分に
心底腹が立ちました。

結果はいいから、
やり切れよ💢、と。


ただ、怒りの反動だけでは
続かないこともわかっている。


だから、
自分の気持ちをしっかり見て、
私が何を望んでいるのか認識する。

もういい加減、
着実な歩を積み重ねていきたい。



私は絶対、『無難な枠』の外に出る。

もっと自由に、軽やかに、
私は私の願いを叶えて生きていく‼️

そんな種を
じっくりと育んでいます🌱


何かの種を発見!

芽、出るかなぁ🌱✨