公立?私立? ブログネタ:公立?私立? 参加中
 中学3年間を思っきり満喫して受けた高校は、都立高校でした。70年という年は、前年に学園紛争の山場東大講堂の攻防があって、誰も飛び降りなかったのがちょっとなんだかなあと思いいながら、受験勉強をしていました。歩いていけるか自転車で通える距離で選んだ高校でしたが、3年の2学期にこのままでは受験校のランクを1ランク落としたらどうだと言われた時にはショックでしたが、その後の進研テストや学増テストで偏差値を上げて何とか受験できるレベルまで上げられて受験できました。
 当時の都立高校は学区学群制を採用していて、その進学結果が出る初めての年に受験でした。学区外を受ける事=いわゆる越境入学は殆どできない状況でした。都立で東大進学一位だった日比谷高校も例外ではありませんでした。今は都知事の石原慎太郎の号令の下、学区学群制がなくなって、自由に学校を選択できる元に戻りましたが、都立高校の東大合格率を上げるために特別支援学校が決められています。これも変な話ですが。
 偏差値が盛んに言われだして、内申点と偏差値の相関図ができて、偏差値と内申点でいくら、入学試験で何点取れば合格するという表が出来上がっていました。山の手地区と下町の偏差値の差が10点ぐらいあった記憶があります。また私立との併願は認められていましたが、私立は合格した人は入学金を収めなければならず、都立に合格して都立に入学したら、入学金の返還はなかった時代でした。
 比較的新しい学校だったので校風も伸び伸びしていて、生徒会やクラブ活動も活発な高校でした。一年の時は卓球部に入部してそれなりに面白かったのですが、2年の時に図書委員会の執行部になってクラブは1学期で辞めてしまいました。図書委員会は他校との交流も活発で都立上野高校や都立江戸川高校へ行ったことがあります。あの時上野高校は私服で、土足のまま校舎内に入ってよかったのにはびっくりしました。私の高校も2年の時に私服になっていましたが、土足のまま校舎内にはいることはできなかったですからね。掃除が行き届いていたことにもびっくりでした。上野という文化環境の良さもあって羨ましかったです。有名人には、吉田照美さんや大竹しのぶさんが卒業生でいます。