公害訴訟が70年代後半から日本の影に日を当てようとするかの如く、あちこちで起こされた。工場排水で汚染された河川、海。そこから生活の糧を得ていた住民を打ちのめしたのは言うまでもない。 そして森永ヒ素ミルク事件、カネミ油症事件。森永は乳業1位の座から転げ落ちたが、グループ企業で大手であったことから、十分とは言えないまでも補償金、見舞金、またその後の対策も効を奏してあの事件を引きずってはいないが、1968年におきたカネミ倉庫が作った米油にダイオキシンを含むPCBが混入していた。加害者であるカネミ倉庫の方は備蓄米保管費用として国から支援金をもらっていながら、被害者一人当たりの補償金500円すら払えない状況が続いている。
 カネミ油症事件、PCBに含まれるダイオキシンはそれを体内に取り込んでしまった人間を容赦なく襲った。吹き出物が身体中にできたという。そして黒い赤ちゃん。黒人と肉体関係を持ったからだとか、病気が移るとか言われた。そして結婚を控えた家族にもその差別の声、目が向けられたという。
 いわれなき差別、自分たちは被害者なのに初めのうちは原因が特定できずにいたと言われてきたが、最近になって旧厚生省はダイオキシンを含むPCBの影響ではないかということをつかんでいたということがわかった、ひどい話である。国は被害患者の認定を体内PCB残留濃度によって認定してきたが、明らかにカネミ油を食し、全身の毛が抜けたり、強い脱力感に襲われ仕事につけないでいる人たちに対しても国は認定を拒み続けてきた。認定方法、治療法など未解決の問題を残したまま、患者たちの高齢化、そして第3世代への遺伝的影響が出ているのではないかという恐怖が、今も患者たちを苦しめている。