想像してみてください。
 
あなたは、物を造る会社に勤めている社員だと仮定します。
 
開発中新製品の中の一部に安全性が保証できない欠陥があると判明したとします。
 
それを知った社長が「それでも、お客さんに売り出すことにしよう」と言い出したら・・・
 
社員の多くは「本当にそのような状態で売り込んでいいのですか?」って社長に聞くのではないでしょうか?
 
その時、社長が「みんなの少ない給料を少しでも上げるためだから仕方ないんだ。それに取引先とずっと前から進めてきた大きな話だから今さら止められないんだ。」って言ったら、
 
社員の立場として、あなたならどう言いますか?
 
 
・・・・・・
 
「日本がトルコに原発輸出へ」
 
このニュースを聞いた時、信じられなかった。
 
『今の福島の状態で、今の日本でも課題山積みの状態で輸出なんて!?・・・普通はこんな事、筋が通る訳がない。』
 
最初は、一方的に首相に反感を抱いた。
 
でもだんだんと、冒頭の様なシーンが頭をよぎってきた。
 
『首相の中にも何らかの苦渋の選択があるのかもしれない』
 
もしかして、みんなちょっとアベノミクスに期待しすぎたからか?。
 
 
 
でも、冒頭のシーンでいうなら、やっぱり安全性が確保できない状態で売り込みを進めていくのは根本原則から考えておかしなこと。
 
社長からお客さんに対しては「まだうちでは安全性が確保できていないから、ゴメンナサイ、そちらの安全にも関わる事だから今は売れる状態ではないんです。」と言ってほしい。
 
そのためには、
「社長、私たちの生活向上を考えてくれている事は嬉しいですが、無理なビジネスをしてまで給料上げて欲しいとは思ってないんですよ。」
 
みんなで口をそろえて声を出すしかないと思う。
 
だからこの記事を書こうと思った。
 
 
 
最近、何が幸せで、何が幸せではないか
 
物質的価値観と精神的価値観
 
幸せの定義が分からなくなってきている。
 
原点からみた正しい判断、を見失いかけている。
 
                          ありがとう
 
 
 
・・・追記・・・
 
トルコの原発建設予定地となっている地域では、住民の反対と賛成が分かれているという。
 
過疎が進む地域に期待を寄せる賛成派と、安全重視の反対派。
 
現地の市長は原発反対で当選したものの、国の方針にはなかなか勝てないらしい。
 
 
チェルノブイリ原発事故ではトルコも被害を受けている。
 
五輪招致ではトルコのイスタンブールと東京とが競っている。
 
何か日本とトルコとは不思議なつながりを感じる。
 
出来る事なら、日本は原発を輸出するのではなくて、原発事故で得られた教訓や課題点を輸出してほしいと思う。
 
                           ありがとう