時々、週刊誌の内容についてもめごとになるニュースを耳にします。
週刊誌の見出しのタイトルの中には読んでみて怖さを感じる表現のものがあります。
今話題の橋下さんの記事の件はその一例です。
「ハシシタ 奴の本性 ・・・・・・」
例えば、もし日常生活の人と人とのお付き合いの中で、このような事を言う人がいたら失礼だと思います。
ビジネスの場面でも、日頃の人と人とのお付き合いの中でも、こういう表現は失礼な事だと思います。
この週刊誌に限らず、他の週刊誌においても過激なタイトルはあるのではないでしょうか?
社会の生活において失礼な表現が、週刊誌の中なら書けてしまうのでしょうか?
もしみなさんが週刊誌を読む事があった時、冷静で素直な目で各記事のタイトルを読んでみてください。
特に、言い回しとか言葉づかいという観点でじっと見つめた時・・・
『もしある人が自分に対してこういう言葉を発したなら怖いなー』と感じたり
『一般的に人が人に対して使う言葉ではないなー』と感じたりする表現があるのではないでしょうか。
公の人だから週刊誌に載っていろいろ書かれても仕方ないのでしょうか?・・・公人の事はいろいろ書いてもいいというルールはどなたが決めたのでしょうか?もし神様が見ていたとしたらOKできるルールなのでしょうか?
公の人でも一人の人間です。
人間だから、人と人との間のマナーは尊重されるべきだと思います。
わたし的には、もっと「感動のドキュメンタリー話」とか「その人を讃えてべた褒めする話」とかを週刊誌に載せて欲しいです。
その方が読んでいて爽快です。
たぶん、こんな事言っていたら怒られそうですね・・・「過激じゃなきゃ、みんな手に取らない」って。
週刊誌の内容をめぐって、書かれた本人が内容が事実ではないとか名誉毀損とかで告訴するというニュースを聞く事もあります。
どうして週刊誌ってこういうギリギリの事をするのだろう?・・・こう考えた時に気付く事があります。
週刊誌も売るためにいろいろやらないといけないというのもあるとは思うけれど、
需要があるから供給があるっていう事だと思います。
過激なものじゃないと買わないから、過激なものを出さないといけないという事です。
読む方も『人の不幸は蜜の味』というところもあるのではないでしょうか。
『何か人の事についてちょっとした弱みを知りたい』っていう気持ちが。
私も人間ですから心の中にそういうところはあります。
こういう週刊誌関連のニュースを耳にする度に、心の中を見つめる事ができます。
自分の心の中にもそういう気持ちがあるのではないだろうか・・・と気付くことができるのです。
そして・・・最近「学校のいじめ、いじめ問題」って、よく子供の事に関して言っているけれども、大人の世界も似たようなものがあるんじゃないのかな?って思います。
マスコミの世界にも・・・ネットの世界にも・・・自分の心の中にも・・・。
大人たちが見本を見せないと・・・。
(「表現の自由」とか「知る権利」とかあるけれど、もし、いじめ問題でいじめる側や観衆がこの権利を主張されたら、怖いです)
もし週刊誌でもネットでも読む時にこの事を思い出したら一度想像してみてください・・・もし自分の事について書かれているとしたら、自分の子供とか家族の事について書かれているとしたら、どういう気持ちになるだろうかと。
ありがとう