前回の記事を書いていた時に、ふと思った事があります。
それは「バッシング」についてです。
まず、次の3つの事例が頭をよぎりました。
---①---
江川卓さんって、巨人軍選手時代にいろいろバッシングされたり、世の中には江川さんの事が嫌いっていう人もいたみたいです。
でも、もし野球に興味が無い人とか、特に応援している球団が無い人、トレードの件を知らない人、にとっては江川さんの事をバッシングする事は少ないんじゃないかと思います。
そういう立場の人が江川さんを見た場合は、ただピッチャーとして投げている姿しか映らなかったと思うので、ネガティブな想いが起こらないと思うのです。
人に対する印象や評価って、見る人のちょっとした立場の違いとか、興味の度合いによって異なってしまうものなのだと思います。
例えば、もし自分が興味を持っている芸能人が何かスキャンダルを起こしたら感情的になるかも知れないけれど、普段あまり興味無い芸能人がスキャンダルを起こしても聞き流してしまいますよね。
2人の人が1つのある行為を見て、1人は非常に不愉快に感じたとしても、もしかしたらもう1人は何とも思わないか、寛容するかもしれないという事です。
どちらの評価が正解というのは、断定できないことが多いのだと思います。
---②---
千葉すずさんは思った事をはっきりと言動に表わす性格だったため、「生意気」だとか言われてバッシングされた事がありました。
でもその性格による言動によって、不透明だった五輪選考基準が明確になるきっかけとなったり、水着の選択の幅が広がったりするきっかけとなって、結果的に後輩選手に恩恵をもたらしたとも言えます。
ある人は、発言や行動の内容を見て、『生意気』『ずうずうしい』と思うでしょう。
一方ある人は、後輩選手に恩恵をもたらした結果的を見て、『よくやってくれた』と思うでしょう。
人に対する印象や評価って、どの部分に注目するかによって、異なってしまうものなのだと思います。
だいたい世の中のバッシングって、その人のある一部の言動だけをとらえて発生しているように思います。
その部分だけを見て、その人の人格全体までもそのように仕立ててしまう錯覚に陥りやすいので気をつけなければいけないです。
---③---
以前フライデー襲撃事件を起こした、ビートたけしさんとそのまんま東さん。
その事件で話題となっている当時は、世間のバッシングも多かった事でしょう。
しかしそれは昔の話、今ではそのお2人も、世界的に有名な映画監督として、また前宮崎県知事として、いろんな功績を残し活躍しています。
人って、いつどのように変わっていくかわからないものです。
今では、その2人を悪く言う人は少ないと思います。
過去のたけしさんも、今のたけしさんも、同じ1人の人なのです。
人の評価って、いつの時点を見るかによって、異なってしまうものなのだと思います。
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①②③・・・これら3つのケースを総合してみた時に、
人の評価って、「どういう立場で見たか」「どこの部分を見たか」「いつの頃を見たか」の視点の違いによって様々に分かれるものなのだと思いました。
世の中には、バッシングしたくなるような出来事も起こるし、バッシングしたくなるような人も居るかと思いますが、
バッシングしたくなった時、『自分は、いつの頃を見ているか、どこの部分を見ているか、どういう立場で見ているか』という事を一度考えてみることが大切だと思いました。
そして、世間のバッシングにあまり振り回されないようにしたいと思いました。
それは、一時的で、一方的で、一部の人から出ているものかも知れないからです。
そして、
①自分中心の立場でもって人をバッシングしないように気をつけようと思いました。
②その人の全てを知らずして一部分だけを見てバッシングしないように気をつけようと思いました。
③一時的な出来事だけを見てバッシングしないように気をつけようと思いました。
「バッシング」・・・・・・一つの言葉が、その人を傷付け、トラウマにし、場合によってはその人の人生に影響することだってあります。
そういう事ができるほど私は偉くないし、
『人をバッシングするなんて傲慢なのでは?そういう自分は完璧なのか?』という風に、逆に切り返されてバッシングされてもおかしくないからです。
バッシングはまたバッシングを生みます。
世の中のバッシングは一時的で一過性のものが多く、それに流されて乗ってしまう事なく、広い視点で物事をとらえるような判断が大切だと思います。
もし神様なら、なが~い時間軸の視点で、ひろ~い全体の視点で、色メガネを使わずに物事をみていることでしょう。・・・
・・・たぶんそういう視点で見た場合、人はみんなだいたい同じで、「誰が良いとか悪いとか」そういうものはないような気がします。
だから、神様は人をバッシングすることなんてしないと思います。
そして、
もしあなたが人から辛いバッシングを受けたとしても、あまり深く落ち込まないでいてほしいです。
たとえ、バッシングや辛い事を言われたとしてもそれは一部の人の言う話です。
もし、自分の今までの事について指摘されたのであれば、これからの自分の言動で挽回するつもりでいればいいし、
もし、自分のある部分の弱さを指摘されたのであれば、自分の他の部分で自信が持てるように心がけるつもりでいればいい。
もし、自分では悪気がなかったのに一部の人たちに誤解されたのであれば、別の観点で見てくれる人たちの存在を感じればいい。
そう思います。
たとえ良い行いをしている人に対してでも、世の中にはいつも何らかの皮肉を言うような人は居るものです。
いつも何かを見つけてはバッシングしている人は居るものです。
そして、一つのバッシングって、時期が過ぎると意外にさっと消えてしまうものです。
人って、ある1人に対してずーっと関心が続くわけでもないと思うし、敵意のない人に対して本気で批難する事って少ないと思います。
どうかバッシング受けても落ち込まないで。
ありがとう