ハァー ここは緑の夢見ヶ崎よ (ソレ)
川は多摩川 はるかに富士山(サテ)
太田道灌 日吉の山に 日本一と折り紙つけて
お城を築こうと 決めたとさ
ハァー 春は桜の夢見ヶ崎よ (ソレ)
夏は涼しく 青葉がそよぐ(サテ)
太田道灌 日吉の里で 鷹が兜をくわえていった 夢見て お城を諦めた
太田道灌の築城にまつわるエピソードは、この音頭の歌詞の通りです。不吉な夢を見なければここに江戸城が立っていたという話です。
小生は少年時代に遊び仲間と自転車に乗ってこの山を訪れていました。その時には動物公園は無かったですが、ちょうど夢見ヶ崎音頭が作られて大規模な盆踊りがこの山で始まった頃でした。好きな同級生の女の子に偶然を装って会いたくて夕方から夕飯を挟んで、自転車を走らせて何度も様子を見に来たことを懐かしく思い出しました。家族から盆踊り好きだね!と言われていましたが、実は踊ったことないんです。その子を探してぶらぶらしてただけで。でも、今考えるとストーカー(?)ってことになってしまうんでしょうか?
😓あぶない、あぶない。
ここは、戦没者の慰霊塔があり、防空壕も残っており、そこによくみんなで来ました。入り口が石でしっかり固めらて、奥深い中に勇気試しと言って交代で入ったりして遊んでいました。今考えると気味の悪いことしてたんでしょうが、当時の小生たちにとってはちょっとした冒険でした。古い記憶を頼りに探したのですが、防空壕という案内はどこにも出てきません。
この辺の奥なんだけどという当たりに、古墳の案内がありました。もしや? でもあの場所は、両親は防空壕だと言っていたけど。二人とも適当だからな!
さらに降りて、そうそうこの場所と思ったらこんな案内がありました。やっぱり古墳だったのですね。しかもかなり奥深い洞窟でしたよ。でも、周りに入口がありません。必死に探すと、ありましたよここに!
恐らく危険だからでしょう、塞がれてました。しかもイメージより小さいです。自分の体も小さかったからでしょうか。
しょうがないんですが、草に覆われ塞がれた入り口を見て、なぜか感傷的な気持ちになりました。夢見ヶ崎音頭とこの古墳公園が、懐かしく、甘酸っぱい気持ちを小生に呼び起こしてくれました。その意味ではここは小生にとってのノスタルジーに溢れたパワースポットなのかもしれません。
そんな気持ちを胸にこの地を後にしました。
以下前編もお読みください。