小さな作業療法~其の玖~
大変お久しぶりでございます、sumaです。
ご連絡が遅くなりましたが、4月から職場も変わり、早くも2ヶ月が過ぎました。
だけど、僕にできるのは作業療法だけなので、相も変わらず作業療法をしています。
さて、今回は小さな作業療法シリーズ9弾!
もう忘れたって人は、前のやつ読み返してください!!と言っても僕も忘れてますが(笑)
僕がこのシリーズを書き始めたのは、作業療法自体の認知度が少なかったことと
作業療法の譲れない部分が些細なことにしか見えないなーと思ったからです。
人が当たり前に生活をして、笑ったりすることなんて大事でもないと思われるかもしれません。
でも、それさえも中々達成出来ない人たちがいるんです。
だから、僕らはその人たちの存在をまず肯定します。
出来ないことでは責めません。
ただ、僕も人間なので、色々と悩んでしまいます。
目の前に人に、イラっとすることもあります。
仕事なのに、クライエントに腹が立つことも正直あります。
それは僕が人間だからです。
プロフェッショナルでありながらも、所詮は人間です。
いろんな感情に流されたり、いかんいかんと理性を働かせたりします。
ただ、ムキになってしまうのは、相手を責めたいわけじゃないのです。
クライエントの幸せを、とことん追求します。
本人も気付かない幸せの宝箱を、掘り当てたいのです。
でも、不思議なことに頑張れば頑張るほどから回ることもあるもんで。
クライエントの幸せを探そうなんてのは、やっぱりおこがましいのかもしれません。
そう、立ち位置間違うとダメなんですよ。
考えてることは、間違ってないんだけど。
立ち位置が違うと、悪になることもあるんです。
ほら、相手に幸せになることを強要しても、幸せになるとは限らないじゃないですか?
それと同じで、幸せになろうといって幸せになれるわけじゃない。
本人がどんなことで幸せになるかは本人しかわからない。
本人が幸せを感じるのは、今かもしれないし、後かもしれない。
幸せにしようなんて、おこがましい。
僕らに出来るのは、今、寄り添うことなんです。
相手をあるがまま受け入れて、存在を認めること。
相手がどこに向かってるか、みなきゃいけないんだ。
僕らは、寄り添う。
作業療法をするのに大事な立ち位置は、寄り添える位置なんではないだろうか?