羽生君のEXでなめらかで優しいプログラムはたくさんあります。花になれ、Fnal Time Traveler、花は咲く、Notte Stellata、春よ、来い。こういったプログラムをみると、試合のときの闘う阿修羅さんと同一人物なのだろうか、いや、同一人物にはちがいないのだけど、あまりにちがうので驚くときがありませんか。憑依、という言葉がでてきたのはおそらくそのギャップのせい。個人的には、憑依というより、本人がいうとおり、振り幅スケーターということじゃないかと思ってます。

羽生君に限らず、人間、いろんな資質がありますでしょ?遺伝子によってほぼすべてが決まってしまうとしても、子供って親の資質には近いのだろうという一般論はいえるとはいえ、親よりもおじいさん、おばあさんのほうに似ているとか、おじさん、おばさん似なんて人、います。資質としてはもっているのだけど、個人によっては表面にでたり、でなかったりする要素ってあるのじゃないかと。だいたい、遺伝をあたえてくれる先祖って、誰だって無数にいるわけですから。親子、兄弟姉妹はにたような遺伝子であっても、まったく同じということはないでしょうし。こう考えると、生物こわいといってはじめから逃げ出していたとんでもない愚か者でもバイオロジーは面白いのだろう、とおもえてくるわけですが。

そういう持っているいろんな資質から、曲/振付に最適なものを選び出していっているのではないか、というのが個人的に思うことです。だって他にも憑依型といわれるタイプがいたとしても、同じようなかんじになるとは思えませんでしょ?スケーターはもちろん、ダンサーだって、歌手だって、同じ演目をやっても同じ人などまったくいないのです。憑依、というのがあるとしても、その人個人のもともとの資質に、その役どころがのっかっていくんじゃないでしょうか。そこに魅力がでてくる。

そういう見解の持ち主としては、羽生君は常に優しいなだらかなプロをやれる人ということになる。でも競技プロって、そういうのより、阿修羅のようになっているほうが浮かびませんか(笑)とくに2015年NHK杯のSPとか、2015年GPFのFSとか。とくにNHK杯のSPはファイナルのときに本人が、顔が怖すぎると言われたとかいってました。

これはしょうがない面があります。競技プロでは、その時にやれる最高レベルの構成、あるいは難度は多少さげていても、非常に高いレベルでやって難度をあげるよりも高い点がとれる想定した構成でやっています。とてもとても難しい。どうしても神経が高難度な技の連続にいってしまうのはしかたありますまい。で、必死になって、自分のベストをだそうとする。その結果、阿修羅となるのはもうしかたない流れかと。身体に力がはいらないとしても、神経はマックスまではりつめるでしょうから。

だけど明らかにそれでは表現上いけない、とは思っていたのじゃないでしょうか。そしてやってきたプログラムがHope & Legacyです。

私は個人的に阿修羅封じプログラムと呼んでおりました(笑)このブログにも書いたことがあります。だって、この優しい音。叙情的すぎると海外ではいわれていました。Seimeiのようなメリハリがないという声もありました。

だけど日本人の私がきくと、やさしい、少し湿り気のあるなつかしくも美しい日本の光景がひろがります。私の中では春から初夏にかけての光景。そよ風がふくのでしょう。新緑の季節かな。やわらかい匂いがして、木漏れ日がこぼれおちてそう。ちょっと目をむけるといろんな花が咲いている。春の小川はさらさらゆくよ、なんて歌詞もでてくる。一部が合唱になっているそうですが、そちらのほうは知らないです。でも合唱でうたったことのある人にはよけいなつかしいのかもしれません。その場合は友だちとかの顔もうかぶのかも...

そう。競技プロとは思えないほどやさしい音です。なだらかすぎるという批判はわからないでもない。好みははっきりとわかれるでしょう。日本の春から初夏にかけての光景に親しんでなければ、それこそ虫の声は雑音でなく美しい調べに聞こえないのであれば、この曲をきいて情緒的にのるのはむずかしいような気もします。

羽生君の競技プロで他に美しい旋律をきかせてくれたプロにはWhite Legend、オトナルがありますが、White Legendには明らかにドラマがありました。特に震災のあとは、とてつもない困難にあっても負けない、という強い意志がかんじられたような。オトナルには秋というものがもつ楽しい夏が終わって厳しい冬に向かう、という喪失感とそれでも秋は美しいという思いとのせめぎあいみたいなものがあるような気がしますし。Hope & Legacyほど、柔らかさ、優しさだけでせめているプロではないような。

だから、というわけではないですが、このプロ、常に鬼門がありました。そうです。後半の4S+3Tのコンボです。

Hope & Legacyが演じられた試合のジャンプ構成を以下にあげてみます。URLをあげているのはその試合のFSのプロトコルです。

2016 Skate Canada
http://www.isuresults.com/results/season1617/gpcan2016/gpcan2016_Men_FS_Scores.pdf
4Lo<<  4S 3F 2S+3T  4T  3A+2T  3A 1Lo+3S  3Lz

NHK杯  197.58 (106.06 92.52 1.00)
http://www.isuresults.com/results/season1617/gpjpn2016/gpjpn2016_Men_FS_Scores.pdf
4Lo  4S 3F 4S+REP(転倒)  4T  3A+3T  3A 1Lo+2S  3Lz

グランプリファイナル  187.37 (96.01 92.36)
http://www.isuresults.com/results/season1617/gpf1617/gpf1617_Men_FS_Scores.pdf
4Lo  4S 3F 4S+REP  4T  3A+3T  3A+1Lo<<+2SS  1Lz

全日本は欠場しています。インフルエンザにかかってます。これから2019まで3年連続で欠場することになります。

2017 4CC 206.67 (112.33 94.34)
http://www.isuresults.com/results/season1617/fc2017/fc2017_Men_FS_Scores.pdf
4Lo  4S 3F 2S+1Lo  4T  3A+3T  4T+2T  1Lz


問題は明らかですよね?後半のコンボ4S+3Tが一つもきまらなかったことです。

みなおさないといけないのですが、たしか、グランプリシリーズでは4Sを4Tであるかのような直線的な軌道で飛んでいました。ケガのせいで4Tのコンボができなかったからでしょうけど...難しいことをやりすぎてうまくいかなかったのか?という気がしました。練習ではできていたのでしょう。でも試合ではうまくいかなかった。おそらくそういう状況だったのかと。

ファイナルから軌道をかえようとしていましたが、やはりうまくきまりませんでした。4CCはだいぶん調子をあげていましたがそれでも。

また最後の3Lzが続けて抜けていたことも大いに不安材料でした。

また、この年のLet's Go Crazyが実にかっこいいプロで、リンクをまるでコンサートホールにしてくれた一方で、あのテンポがきわめつけにむずかしいのか、パーフェクトなものはありませんでした。

それでもNHK杯では103.89、ファイナルでは106.53で上がり調子か、と思えたときにインフルエンザ。それで調子をくずしたというわけでもないのでしょうがk4CCでは97.04と100点こえはならず、不安があったなかで、WCのSPで大きな落とし穴がまっていました。プロトコルは以下のとおり。

http://www.isuresults.com/results/season1617/wc2017/wc2017_Men_SP_Scores.pdf

あの年のSP、神演技があいついだのです。ハビ、昌磨君、パトリックと100点超えが3人でました。とくにハビがすばらしかったですねえ。

リンクはっておきます。
https://www.dailymotion.com/video/x5gsaxo

解説でもいっていますが、スタンブル気味のところがあることはあります。でもネイサンの昨年のファイナルのFSよりも、同じスタンブルでもはるかに軽微です。おそらくこれがフラメンコとスケートがまじりあった演技としては最高のものです。衣装のおかげで、モダンな味わいまでくわわりました。ハビの点数は 109.05 (60.79 48.26)

一方、羽生君は4Sのコンボのミスが転倒扱いされ、 98.39 (52.04 47.35 -1.00)。もうどうしようかと。リンクはっておきますね。ミスをリカバリーしようとしている様子はある意味、みものではあるのです。すごいことやっているので。もうほんとにこのコンボだけなのです。4Lo、3Aともにすばらしく、なんともいえない空気をつくりだしていました。

https://www.dailymotion.com/video/x5gs91x

そう、体調がいいのは疑いようもありませんでした。このときにオーサーは最高の状態といっていたのです。あの戦略家は韜晦の上手な狸様でもあるので、必ずしも言っていることをうのみにはできないのですが、このときはその言葉が正しいのだろうと用意に理解はできました。でも、でも、ミスがあったのがよりによって、FSで一度も成功していない4S+3Tのコンボなのです。もう不安でしかありませんでした。

だけど実際にきたのはこの演技。プロトコルをはっておきますね。

 

 

4S3Tが決まるまで緊張しまくったのをおぼえています。そしてコンボがうそのように決まり、また4T、3Aコンボ2つが決まったあとも、いや、まだ、鬼門の3Lzがある、このところまたお散歩気味、と、ほぼ最後まで緊張をとけなかったのもおぼえています。

ミニ阿修羅さんがチラチラしているのもなんともいえません。この時点では阿修羅さんがでなければすべてのエレメントを決めることはできなかったのかもしれません。この点を乗り越えた演技をみるのにはまだ少し時間がかかります。そう、この完璧といっていい演技からなおもまた伸び続けているのです。自分超えを果たし続ける。それがどういうことなのか...

 

そうして生まれたのがこの演技。前シーズンのSeimeiを超える点数をだすこととなりました。もうはしゃぐというより、心配しながらも、自分の予想をはるかにこえるエレメンツをつなぎつづけた演技でした。そして残ったのは明るい希望と純粋な喜び。

あのSPのあとで、あの失望の後でこんなものが見られるとは思わなかったのです。でも、この結果。失望感ってもしかして、しっかりと準備ができてさえいれば、より大きな喜びの前触れでしかないのかしら、なんて思ったのも覚えてます。今回、SP、FSと続けてみてやはり同じ感想を抱きました。

ふつう、ここまで劇的な上昇がみえることはありますまい。でも、この演技見て思うのは、それができるかぎり、ちょっとでも上にいこうとしないといけないのだ、ということです。この完璧なすばらしい幸福がおとずれるには、それまでの果てしない努力があってからこそ。練習はつめていましたし、コンディショニングもピーキングもできていました。だからこそです。この演技は偶然などではなく、必然でした。そして心理的な不安や不確定要素をけしてできることをすべてみせてくれたこの演技。

 

物語ってハッピーエンドがあります。ドラマならここでおわりそう。少なくとも表彰台にたったところあたりで。

 

でも、生きるって、ほんとうの意味でのハッピーエンドなんてないってことなんでしょう。壁を乗り越えたらまた壁がある。また別の問題がおこる。そしてそれをのりこえるためにまた悪戦苦闘する。

いろいろ物思いにふけってしまう演技です。特に、今の状況においては...


そう、幸福はおとずれてもすぐにすぎさっていって残るのは膨大な努力が新たに必要という事実。その後になにがおこったのかも知っていますから。

そしてこんな思いもいだいてしまいます。

もしかして今、直面しているコロナウイルスが生み出している状況もそういうことかもしれません。おそらくより大きな喜びがくる時がくる。それまでじっとじっと我慢する時が今ではないかと。

コロナウイルスで家族や友人をなくした方にも、闘病中の方にもとんでもない考えなのでしょう。

でも、希望もたなければ、今の状況が悪いからといって絶望しているだけではなにもなりますまい。そう、たいしたことはできなくても、それでも、生きている限り戦いつづけないといけません。絶望とは死に至る病である、なんていった人もいましたよね。死に至る病というのは、生きながら死んでいるような状態(ゾンビかな?)のことをいっているみたいですけど。で、絶望というのはいろいろなあるらしいですが、単純に言葉通りに考えてます。

今日も自動車メーカーの国内生産一時停止とか、パニック状況なのだろうか?なんて国会の様子もニュースがながれていますね...正しい危機感をあおるのはかまわないし、それにもとづいて行動を起こさないといけません。でも、変に危機感をあおって、不安だけを増すことになってないかしら。下手したら絶望したくなるニュースがなんて多いことか。


そりゃ、決していい状況とはいえず、事態は悪化してきているといえるのでしょう。だけど今日のお昼のNHKニュースだって、一つまともな対策ができつつあるというのをを報道してくれてましたよ。やっと軽症者に宿泊施設をあてるという動きがでてきました。うまくいけば医療崩壊をくいとめる要因の一つになるかもしれません。日本の課題は、山中教授が書いていらっしゃるように、「日本の住宅事情や医療文化では自宅待機は難しい」ということだったのですから。感染者と同じ家にすむというのは極めて危険です。感染者のスクリーニングするためにも検査数は増やす必要あるでしょうし、今度はその方法を考えないといけないのでしょう。あと、大打撃をうけている宿泊施設にも少しはプラス要素となる動きにはなるかなあと思ったり。なんとかねばって医療崩壊をおこさず、治療法が確立してワクチンができるのをまつ状態にしたいものです。再発の程度などもきになるところですねえ。何を持って軽症とするのかという定義ってもしかしてできてないのかしら。

今だからよけいに、かもしれませんがいろいろな物思いにふけってしまう演技だと思いつつ、何度もみてしまったのでした。

 

こちらにマッシミリアーノさんとアンジェラさんの解説があります。https://www.nicovideo.jp/watch/sm31100853

 

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