ううう、すみません。超戦闘的な再演で、大間違いかいてました。修正版のせたのですが、こんな大間違いを知らん顔してるのはいけませんよね。

前にはこう書いてたのです。

Seimeiは2年前からオリンピックに決めてたということだから、ショート、フリーがどちらも再演という前例がないんじゃないかっていう事態になっているのは、...

修正版は

Seimeiは2年前からオリンピックに決めてたということだから、ショート、フリーがどちらも再演という非常にめずらしい事態になっているのは...

「前例がないんじゃないか」が「非常にめずらしい」と変更しています。

というのは、オリンピックでこの二つがそろって再演される、ということがあったからです。それも方やアルベールビルオリンピック・チャンピオンのヴィクトール・ペトレンコ、方やリレハンメルと長野の二度の銀メダリストのエルヴィス・ストイコです。ブログ主はどちらも全オリンピック見ています。偉大な選手たち。しかも好きな選手だった...ショック

この再演の話は 「リサイクル」プログラムの是非 羽生結弦、エルヴィス・ストイコ、そしてヴィクトール・ペトレンコ ですばらしい記事がのっていますので、ご興味のある方はぜひ。

ちょっと古い人なので、ここでも書いておきましょう。

ヴィクトール・ペトレンコは、カルガリー銅メダリスト、アルベールビル金メダリスト、リレハンメル4位の成績を残しています。世界選手権は金1度、銀2度、銅1度です。カート・ブラウニングの最大のライバルでした。

ソ連崩壊の時のあおりをもろにくらっています。カルガリーはソ連代表、アルベールビルは旧ソ統一チーム代表、そしてリレハンメルはウクライナ代表ところころ所属がいれかわりました。練習環境にめぐまれていれば、もっと強くなったかも、と思えてなりません。

旧ソにみられたバレエの基礎が万全に入った王子様系の選手です。優雅な所作とすらりとした手足。ジャンプも高かったです。このころは男子がセカンドでループとぶ時代でして、3A-2Loなんてのも跳んでました。

ウルマノフとか、イリヤ・クーリックは、金メダリストになっており、やはり王子様系といわれていましたが、オリンピックに万全のものをもってきて勢いで金メダリストになった選手、という感があります。世界選手権の成績をみても、ウルマノフは3位が一度、クーリックは2位の1度が最高、というのでなんとなく検討がつくのではないでしょうか。実力者は実力者なんですけど、圧倒的な存在ではないです。そうですねえ、こんなたとえをすると怒られそうですけど、町田君がソチで、羽生君とパトリックを抜いて金メダルとってたら、ウルマノフやクーリックの時と同じ感じをいだいたんじゃないかしら。シニアの時代が1990/91年~1998-99だったウルマノフのころには、カート・ブラウニングが手の付けられないような存在でした。1989-1991年、1993年の世界チャンピオンです。その後はストイコがいました。クーリックは1995-96にシニア参戦して、1997/98シーズンで引退してしまった選手なので、活動期間が短い、というのはあるでしょう。でも、続けていたとしても、時代のリーダーというべき選手となるのは厳しかったと思ってます。エルトリッジをはさんだストイコの時代の後、すぐにヤグディンとプルシェンコの時代がはじまってしまったからです。

話はそれましたが、旧ソの王子様スケーターをあげろ、といわれれば私はヴィクトール・ペトレンコ一押しです。フリーが同じプロだった、というのがすっかり記憶から抜けていたのですが(T_T)、カルメンは1990/1991年に登場して翌年のオリンピックシーズンで持ち越し、リレハンメルでも滑ったのはおぼえてました!カルガリーのFSもたしか、といいかげんな記憶があったのですが、こちらはさすがにちがいました。カルガリーで滑ったのはドンキでした。ううむ、私の記憶力っていったいあせる再三、失礼いたしました。

ともあれ、再演3回は同じとしても、バラ1よりある意味、すごいでしょ?バラ1はオリンピック以外のシーズン2つとオリンピック1回の3シーズンに対して、カルメンの2回はオリンピックですので。

さらには、スケート教室に参加したお子さんたちに同じ試合ですべれるように頑張る、なんていってたから、北京もあり得ない話ではないかも、って気がしてきました。北京で、パリの散歩道かSeimeiを北京で滑るのを想像してみてくださいまし。万一、そういう事態がおこれば、いいのよ、オリンピックで2回目ってのは、ペトレンコの例があるわ、といわねばなりませんよ。しかもペトレンコは金メダルとった曲を再演しました。バラ1だとすると、オリンピック2回はともかく、合計は4回目になるというのは、それこそ前代未聞かもしれませんが(笑)

ペトレンコの場合、政治の荒波にもまれ振付をする余裕すらなかった、という事情もあったようですが...でも、女子はともかくとして、男子でカルメンといえば、ペトレンコのプロといってもいいぐらい。

アルベールビルを貼っておきましょう。



一つ一つのポジショニングが美しいのはバレエがきちっとはいっている証拠。それをアクセントとともに、ばし、っとバレエばりに決めてくれるなんて、もうなんともいえません♪ポーズが、一つ一つの手足の動きが雄弁だわ~。昨シーズン、ネイサンの海賊でも、こういうかんじで決めてほしかったんです。ジャンプは、カートと比べちゃうと弱いか、という気がしますが、あとはひけをとるところはありますまい。タイプが全然ちがうのもミソです。

ついでに「3シーズン」使ったフリーもはっちゃいましょうか。これはブラウニングと大熱戦を演じた1991年ミュンヘンワールドのです。
Viktor Petrenko (URS) - 1991 World Figure Skating Championships, Men's Free Skate

このフリー、きいたことあるような気がするのに、ほとんどの曲が曲名がわかってなかったのですけど、組み合わせは

   Raymond overture (Thomas)
  Le Cid ballet music (Massenet)
  Waltz op.64 No.2 (Chopin)
  I Vespi Siciliani overture (Verdi)
なのだそう。




あと、姑でもあったコーチのズミエフスカヤのもとにいた孤児のオクサナ・バイウルに経済援助をし、リレハンメルの金メダリストを生み出したという功績もわすれられない人です。

まあ、ペトレンコはフリーの曲名を把握してなかったことだし、お間抜けな抜け落ちを許せないでもありませんが、ストイコにいたっては弁明の余地なしだと、自分でも思います。カナダ男子の伝統を受け継ぐ偉大なチャンピオンでありながら、オリンピックの呪いも受け継いでしまったストイコは、最後のオリンピックに、自身の代表作をSP,FSともにぶつけてきました。これを忘れてたなんてあってはならないことです...もし、ソルトレイクはご存じなくて、前の記述が正しいのか、と思われた方があったら、本当に申し訳ありませんでした。

ストイコのソルトレイクでは、ジャンプに乱れはありました。あのソルトレイクのFSでは当時、ぶっちぎりで異次元対決を繰り広げていた1位と2位がいつものようにものすごいパフォーマンスをやってのけ圧倒的な演技をみせた大会でした。でも、当時29歳(のはず)のみせた演技には、おしみない拍手が送られてましたっけ。トッド・エルトリッジぐらいじゃないですか、同じような歓声があがったのは。すばらしい選手の幕引きにふさわしい演技でした。

また、ストイコの演技をみると、フィギュアっていうのは、別にバレエが基礎になくてもいいのだ、という思いを強くします。もちろんなんらかの法則性というか、合理性は必要。体の芯がきちっとしていて、音楽にのって、全身がコントロールされていることは必要不可欠。でも、その動きがバレエに基づくものである必要などまったくありません。バレエは必須条件をみにつける近道ではありますけど、美っていう型がわりあいはっきりとあるもので、手足が長く、首が長く、という肉体条件を満たしていなければ、それだけで評価がさがるというやっかいなものでもあります。フィギュアでも似たところはありますけど、それが100%じゃないと思うんです。多少、スタイルが万人受けしないものであっても、技術やら表現力でカバーできるところがバレエよりも大きいのでは。 

ストイコの場合は、見るからにバレエ向きの体型じゃないですよね。頭大きいし。でも、黒帯までもっていた空手の型があちこちにいきているパフォーマンスで、全盛期のときの演技など、実に実に面白いものです。すきがなく、形がユニークでありながら合理的、つなぎなどおそらく、今のほとんどのパフォーマンスを凌駕する評価を受けていいものに見えます。それなのに6点制時代のジャッジの硬直した保守性のおかげで芸術点は信じがたいような低い点がでたものでした。おまけにライバル国がひどい点をつけても、そのまま反映されるという不条理な世界。もしジャッジの目がもっと開かれていたら、先進性があったら、一番下の点はカットするという方式が採用されていたら、もしかしてカナダの呪いなどとっくの昔に、ストイコでとけてたかも、と思うことはあります。リレハンメルでは、異端児ストイコの演技のほうが伝統的なウルマノフの演技より観客のノリがよかったのです...観客の目のほうがジャッジに勝っていたのではありますまいか。

以上、長々書きましたが、オリンピックの再演は大いにありということで!