しかし、よく考えて下さい。情操教育に学力を期待した時点で既に情操教育ではありません。というか、せこいですね。情操教育とは、心の余裕を育てる教育ではないでしょうか?
頭がいいことと心に余裕があることは全く異なります。その両方を求めることが、贅沢だといっているのではなく、情操教育が学力に繋がると考える学習が既に情操教育ではないといっているだけです。
例えば、絵画を見たり、クラッシックを聞いたりすることで、情操面を育てようとするならば、絶対的な時間的余裕が無ければ、意味がありません。絵画見学30分、クラッシック視聴30分とスケジュールされた中で心の余裕が得られると考えるのはかなり滑稽だと思いませんか?
絵画を見学した後に、その余韻に浸り、心からリラックスすることが大切です。その時に、絵画の作者の名前を覚えたり、絵画の歴史を勉強したりということは不要です。ましてや、右脳教育のように、インスタント情操教育が情操面を育てると考えるのは、まやかしに過ぎません。
では、情操教育と学力の並立は可能なのでしょうか?当然可能です。
それは、学力アップに掛ける時間を最低限にして、残った時間を情操教育に充てることです。
簡単なことです。
最も、効率のいい方法で、学習すること、無駄を徹底的に省き、最短で学習すること、これしかありません。
そして、そのためには、楽しみながら学習が出来るようにすることです。楽しみながら学習したことは、習得が早く、短時間で学習できるようになります。そして、その結果得られた時間を情操教育に振り向けるべきなのです。また短時間しかさせないことが、もっと勉強したいという気持ちを作り、勉強嫌いどころか、勉強好きになっていきます。
情操教育だけではありません。余った時間を遊びに使ってもいいし、学力アップ以外のことに使うべきなのです。
メリハリです。勉強をする時間、遊ぶ時間、など、明確化していき、特に勉強をするときは、やりたくない時は、させない。ということを徹することです。
無理をさせない。嫌がったらさっと止めるこれが、嫌いにならないキーワードです。
