今まで、数回そろばんの事を書きましたが、既にそろばんがある程度できるようになっているお子さんはどうしたらいいのかということを書きます。細かなことを書きだしたらきりがないし、ネガティブな話は書き尽くしているのでここではそういったことは書きません。
私は、好きでそろばんをやることを否定はしません。ですから、そのお子さんが好きでやる分には構わないと思いますが、段位を目指すとかそういった、時間を大量に束縛されるようになると、その時間がその子の他の学習の時間を削いでしまうのでやめましょう。と言っているのです。
それは、そろばんに限らず、パズルやブロックなどすべてに言えることです。そういったものを全否定しているのではなく、それが、学習へつながると考えるのはやめてください。つまり、これは、学習なので、他の勉強をやらなくてもいいとか、これさえやっていれば、大丈夫だとか、そういった考え違いをしないでください。と言っているのです。
逆にいうと、そういったことをした上で普通の勉強も普通にしなければなりません。ですから、そういったことに時間を費やすと結局遊ぶ時間が無くなってしまいます。それが問題なのです。ですから、これは遊びです。と言えるのであれば、それをことさら否定することはありません。
だた、一点だけそろばんは、足し算引き算の概念を修得せずに、指先運動だけで出来てしまうので、足し算引き算の概念習得が飛ばされています。それは、今後算数を勉強する上でちょっとだけ不利です。
ただ、既に足し算引き算が出来る子供にいまさら概念習得は無理なので、その点はあきらめて、次のチャンスに概念習得するしかないです。
概念習得(理窟)無しに何かが出来るようになるということは、何かができるようになればそれで終わりであればいいのですが、理窟がわからずに出来るようになってしまうと、応用編へ移った時にわけがわからないということになります。そして、応用編で概念習得をしっかりしないと不得意なことを増やすことになります。
昔なら、計算さえできればそれで終わりでよかったのでしょうが...
私は、好きでそろばんをやることを否定はしません。ですから、そのお子さんが好きでやる分には構わないと思いますが、段位を目指すとかそういった、時間を大量に束縛されるようになると、その時間がその子の他の学習の時間を削いでしまうのでやめましょう。と言っているのです。
それは、そろばんに限らず、パズルやブロックなどすべてに言えることです。そういったものを全否定しているのではなく、それが、学習へつながると考えるのはやめてください。つまり、これは、学習なので、他の勉強をやらなくてもいいとか、これさえやっていれば、大丈夫だとか、そういった考え違いをしないでください。と言っているのです。
逆にいうと、そういったことをした上で普通の勉強も普通にしなければなりません。ですから、そういったことに時間を費やすと結局遊ぶ時間が無くなってしまいます。それが問題なのです。ですから、これは遊びです。と言えるのであれば、それをことさら否定することはありません。
だた、一点だけそろばんは、足し算引き算の概念を修得せずに、指先運動だけで出来てしまうので、足し算引き算の概念習得が飛ばされています。それは、今後算数を勉強する上でちょっとだけ不利です。
ただ、既に足し算引き算が出来る子供にいまさら概念習得は無理なので、その点はあきらめて、次のチャンスに概念習得するしかないです。
概念習得(理窟)無しに何かが出来るようになるということは、何かができるようになればそれで終わりであればいいのですが、理窟がわからずに出来るようになってしまうと、応用編へ移った時にわけがわからないということになります。そして、応用編で概念習得をしっかりしないと不得意なことを増やすことになります。
昔なら、計算さえできればそれで終わりでよかったのでしょうが...
皆さんは足し算、引き算を軽視しすぎです。その中に含まれる様々な概念が算数や数学の基礎になっていることを理解すべきです。
ただ、足し算引き算が出来ればいいという勉強は、学問ではありません。単なる技術にすぎません。技術だけなら、人間のいらない時代が目の前まで来ていますよ。
かの数学の天才ガウスは、幼い頃に、おやつにもらったビスケットを割って、数の勉強を自らした話が残っています。
大切なことは、考えなくても出来ることや指先能力だけで出来ることではないことは、だれでもわかりますよね。
追記:
ある幼児教育で、タングラムの変形したものを使っている教室があります。一見、タングラムより難しく感じるのですが、箱に戻すだけなら、パーツが増えたところで、理窟は変わらないのです。多分、その変形したものを考えた方は、タングラムより難易度が上だと信じているのでしょうね。そして、それを見聞きした親御さんもそう信じているのでしょうが、実のところ、難易度に関しては、全く同じというかパーツが増えたことは手数が増えただけで、パズル的な要素が増えたわけではありません。結局パズル的思考は、全体を見通す力が必要で、いくらパズルをしても、その能力はつきません。要するにパズルをするうえで大切だったのは、パズルの解き方を思考することではなく、全体を把握する能力なのです。全体を把握する能力を付けるのであればパズルよりもっと合理的な手法がいくらでもあります。そして、その能力が備わっている子供は、パズルを簡単に解けるようになるのです。
楽しく子供がしているからというだけで、子供に能力が備わるなんてことあるはずないじゃないですか。それが真実なら朝から晩まで遊ばせておいたらいい話です。
