かわいそうだたほれたってことよ | 算数が好きになる!鶴田式算数塾

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これは、ある文学作品の中の一文ですが、その文学作品が何かわかる人はいますか?

私が中学生の頃、姿三四郎のドラマをみました。全部を見たわけでもなく、ところどころを垣間見たという感じでしょうか?ただ、柔術と柔道の戦いなどが、なんとなくかっこいいなぁと思ったのですが、

家にあった文学全集の中の一冊を見て。あっこれだと思って読み始めました。最初の方で聞いたことの無い桃がでてきて、私の小さい頃、缶詰ならまだしも、生の桃自体をたべるなんてあまりなかったので、随分興味を抱いたものです。
話は戻りますが、どうも大学の話の様ですが、ここから、主人公が柔道を始めるかなと期待しつつ読み進めます。女性の話があったり、という所で、「かわいそうだたほれたってことよ」という言葉が出てくるのですが、

もう、みなさんは、何の本かお分かりですよね。夏目漱石の「三四郎」です。

「かわいそうだたほれたってことよ」の原文も出てきます。

Pity's akin to love. です。
直訳すると、かわいそう は、愛と似ている。ですかね。
be akin to は be like to と同じ意味だったと思います。

私は、この「
かわいそうだたほれたってことよ」という言葉が気に入り、Pity's akin to love. と一緒に覚えてしまいました。

反復練習もなく、本当に忘却曲線も何も関係なくです。

これは、簡単な実体験を元にした証明といってもいいと思います。

証明したかったことは、
1.面白いと思ったことは、反復記憶をしなくても、ほぼ半永久的に覚えている。
2.興味を持って読んだ本は、その本の様々な描写にも目が行き、あらすじとは関係ない部分まで詳細に読み、楽しむことが出来る。

速読という技術があります。その中でもフォトリーディングという特別な技術があります。めったなことでは、習得できないといわれています。

数年前に菅野美穂主演のドラマ「キイナ 不可能犯罪捜査官」のクライマックスシーンで彼女が本をペラペラめくるだけで読んでしまうシーンがあります。正しくフォトリーディングでした。

ただ、フォトリーディングには致命的な問題があることが指摘されています。
それは、未知の言葉が出てくると対応できない(そういう意味では
「キイナ 不可能犯罪捜査官」はちょっと無理があります)ですから、学術文書等にはフォトリーディングは不向きだといわれています。つまり、一つひとつの言葉を大切に読まなければならない場合にはあまりうまく利用できないということの様です。

では、問題です。

あなたは、お子さんに、本を読みなさいと言います。たくさん読めば読むほどいいといいます。

その読み方は、
①あらすじさえわかれば、枝葉末節はどうでもよい。関係ないシーンは読み飛ばしても構わない。
②取り合えず、関係ないシーンも一通り目を通しておくべきだ。
③登場人物の心の機微くらいはわからないとだめだ。
④情景描写もある程度読んで楽しむべきだ。
⑤情景描写に潜む登場人物の心理描写み読み解くべきだ。磐いる行間までを読むべきだ。
⑥一言一句まで覚えるように読むべきだ。

あなたの本を読みなさいはどれですか?
逆にあなたは、みんなと読書量を競い合った時、どのレベルまで丁寧によむことができますか?

お分かりいただけますよね。どんなにたくさん読んでも、適当に読んでいては、結局、丁寧に読んだ1冊に劣るのです。1冊の本から得られるものは、上質な本の場合、無尽蔵にあります。特に、夏目漱石のように、明治時代の作家の場合、その時代考証などもあり、本から得られる知識は、とてつもない量になります。幼児期に多読を進める塾は少なくないですし、多読の為に競争をさせる塾もいくつもあります。しかし、多読の前に、丁寧に読む訓練はしたのでしょうか?情景描写から心理描写を読み解く練習はしたのでしょうか?本は漫然と読んでも駄目です。

本に親しむという言葉があるように、本は競争の道具でも、参考書でもありません。
本当の意味で小さい時から本に親しむ空間と時間を子供の為に用意してあげましょう。

追記
ちなみに三四郎は、結局柔道は始めませんでした。というか全く別の本でした。

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