今回は、暗算ではなく、立体の認識です。
それも簡単な立体の認識ではなく、かなり高度なものです。例えばブロックの塊りを2つ用意してその塊りどおしを頭の中で合成するというようなレベルの物です。
疑問
①この能力は何のためにあるのでしょうか?小学校受験でもこのレベルがでることはないと思います。
②この能力が身に付くことで、将来プラスになるようなことがあるのでしょうか?
③この能力がなかったとして、なにが問題なのでしょうか?
結論からいうと、なくても問題は無いということになります。
だとすると、その能力を獲得するために費やした、時間や費用は有効だったといえるのでしょうか?今回のテーマはここです。
「仕事も恋もがけっぷち! 29歳OLが永遠に続く幸せを手に入れたシンプルな習慣」を読んだ時に、闇雲に使い道のない資格を取り続ける本人に対して、結局、自信の無さの表れであり、無駄なことだと諭される所がありますが、無駄な能力を身に付けることは、正しく同じことだと思います。
幼児教育とか能力開発とか右脳教育とか様々なものがありますが、そこで、子供達に教えている(訓練している)ことが、本当にその子供達に必要なことなのかどうか、ひとつ一つ検証したことがありますか?いわれるままに、お金を払い、時間を費やしてはいませんか?
教室側の意見を丸のみしてはいけません。自分の頭で考えてください。そこに矛盾が無いか、本当にそれでいいのか、自分で判断して下さい。
親の安心のために、塾に通い、要りもしない能力訓練をさせられる子供の身にもなってあげてください。そんなお金と時間があったら、もっと有意義なことに使いましょうよ。
遊園地に遊びに行ってもいいし、美味しいものをたべに行ったっていいし、親子で楽しく過ごすために使いましょう。それこそが、情操教育であり、幼児教育の基本です。
それともう一つ、こちらも大切な話ですが、
現在、そして10年後、20年後の事を考えると、もっともっと技術は発達し、コンピュータは高性能になっていきます。そんな時代に、必要な能力とはなんなのかを考える必要があるのではないでしょうか?
つまり、立体認識能力は、コンピュータが発達すれば、その能力が無くても、好きな角度からいくらでも見ることが出来るようになり、3D技術が発達すれば、紙の上で認識する必要さえなくなるようになるでしょう。そうすると立体認識能力(紙の上に書かれた立体図を、頭の中で立体として認識する能力)ははたして、有効でしょうか?暗算がそうであったように、時代が変われば。必要な能力は変わっていきます。
幼児教育とは、20年後に必要な能力を身に付けるための教育なのです。
それは、コンピュータに代行されない、人間にのみ許された能力のはずです。
時代がゆっくりとそちらへ流れているのがわかりませんか?
その能力が何なのかここでは書きません。当然、答えは一つではありません。
あなたなりの答えを出してください。20年後に必要な能力とは?
それが幼児教育の出発点です。
