これは、私のせいじゃない。
 あいつが全部悪いんだ。
 私が悪いんじゃない。


 あいつを降ろした空き地からすぐのコンビニで、私はあいつが泣きついてくるのを待ってた。
 携帯を持ってるからメールか電話か、何にしろあいつには私に頼るしかないんだ、必ず連絡を取ってくる。そう確信していた。
 泣きついてきたら素直に許してやろう。でもタダでは乗せてやらない、晩御飯くらいはあいつの財布から出してもらわないと。
 おごらせるなら何にしよう?焼肉か寿司か、フレンチでもいいな、でもあんまり高いのは可哀想かな?
 そんな妄想を、一人で思い浮かべてた。


 あいつと別れてから一時間、ずっと待っていたが何の連絡も無かった。
 その時の私はどうしようもないほど不安だった。
 こちらから連絡するか…いや、もしも無事ならあいつが
 意地を張るような性格ではない。何かトラブルに巻き込まれたのだろうか?如何しよう、もしも何かがあったら私のせいだ。
 あいつが怪我をしたら私が責められる。あいつが死んだら私が恨まれる。あいつの不幸で私が不幸になる。
 いや、自分にまで嘘をつく必要は無い。私は、純粋にあいつの事を心配していたんだ。
 今こうしている間にもあいつは大変な事になっているかもしれない。
 嫌だった。会えなくなるとか嫌われるとか、考えるだけでも嫌だった。
 だから私は様子を見るだけと言いつつ、助けに行くつもりで車を出したんだ。


 空き地にまだ残っているとは思っていなかった。夜も更けてさむくなってきたし、どこかいい如何しただろうと思っていた。
 それでも空き地に行ったのは他に行くべき場所がわからなかったからだ。たとえ本人がいなくても、何かしら痕跡が残っているかもしれないと考えたからだ。
 なのにあいつは、そこにいた。何をするでも無く、空を見上げながら、そこに立っていた。
 ご丁寧にあいつは私が降ろした場所から一歩も動いていないようだった。
 ショックだった。つまりあいつは、初めから知ってたんだ。
 でなきゃ待ってるはず無い。あんな酷い事をするような女を待っていられるはずが無い。
 あいつは、私の恋心を知ってたんだ。


 惨めだった。
 思い出すこと全てが惨めだった。
 色々と理由をつけては部屋に上がりこんでいた自分、義理と言いつつ本命のチョコを渡ていた自分、会えなくて寂しくて泣いてた自分、全部が惨めだった。
 受験の時だってそうだ。プレッシャーに負けそうで、励まして欲しくて、それで夜中に部屋に行って、かまって貰えないからって八つ当たりして。
 だけどあの夜に気付いたんだ、このままじゃダメだって。だから離れるようにした、これ以上悪くならないように、これ以上すきにならないように。
 私が変わってもあいつは変わらなかった。それが余計に辛くて、苦しかった。
 馬鹿だった。あいつはそうやって遊んでたんだ。
 わざと隙を見せて、利用して、そして突き放して、良い様に私を操ってたんだ。
 本当に、今思えば惨めだった。


 多分、私があいつを見つけてから三分ぐらいしかたってなかったと思う、あいつは私を見つけた。
 その場を動かずに、大きく手を振って、顔が見えなくてもあいつの顔が満面の笑みだと感じられた。
 優しい笑顔、昔好きだった笑顔、今もまだ…そう考えていたら、あいつがそばにいた。
 無意識のうちに私はアクセルを踏んで、あいつに向かって爆走していた。
 正直、避ける事もできた。
 頭にも浮かんでいた。
 だけどできなかった。いやしなかった。
 よけたら負けた事になる、また利用された事になる。
 それが嫌だった。
 だから、私はあいつを刎ねた。


 猫よりも衝撃は大きかった。
 だけど猫よりも心は痛まなかった。
 車に轢かれたのも、そこに転がっているのも、全部あいつが悪いんだ。
 私が悪いんじゃない。
 あいつが悪いんだ。
 私のせいじゃない。
 あいつが…


 〈ツヅク〉