ご法事でお経をお読みするのは勿論理由があります。
 釈尊が教えを説かれた功徳を亡き方に差し上げる為、そしてお経の言葉には「経力」と呼ばれる力があり、この力によって大切な亡き方が新しい場所でより幸せになりますように、仏の境地に近づけますように、という願いを込めてお経をお読みしているのです。
 
 お経には言葉自体に力があるなら意味は分からなくてもいいのか、と言いますと、少なくともお坊さんはそういう訳にいきませんから、日々お経の内容も勉強します。
 岩波書店は色々なお経の現代語訳を出版しており、その多くの翻訳を担当したのが中村元(はじめ)先生です。中村先生は世界の仏教学に大きな足跡を残した方で、逸話も沢山あります。
 
 今からおよそ七十年ほど前、中村先生は「前例のないような仏教語の大辞典を作ろう」と思い立ち執筆を始めました。
 あらゆる仏教語を網羅した辞書を作るんだ、という事ですが、それはやはり始めてみるととても大変な作業になり、結局原稿の完成まで十九年もかかりました。収録されている仏教語は約三万語、原稿用紙は二万枚に及びました(当時全部手書きですから、気の遠くなるような作業です)。
 
 ようやく完成した原稿を出版の約束をしていた出版社に持ち込んだのですが、何と社員の一人が積んであった原稿をゴミと勘違いしゴミ収集に出してしまったのです。
 会社中大騒ぎになり、八方に手を尽くして探したのですが結局原稿は見つかりませんでした。
 

 社長は真っ青になりお詫びに行きました。中村先生はただ一言「ああ、そうだったんですか」とおっしゃったそうです。
 後日「なんであの時怒らなかったのですか?」と聞かれ、「確かに顔を土足で踏みつけられるような屈辱的な思いがありましたが、怒ったところで原稿は出てこないですから」とお答えになりました。
 
 しかし十九年分の労力ですからショックを受けないはずがなく、それから一月以上に渡って何も手に付かなくなってしまいました。そんなおり先生の奥様は「ねぇあなた、このままボーッとしていたって何にも始まらないんだから、また原稿を書き始めたらどうですか?」と言いました。
 そしてこれが先生のとても立派な所だと思いますが、中村先生は「それもそうだね」とその言葉を素直に受け止め、また原稿を書き始めました。
 

 それからさらに八年の日々を経て、ようやく新たな原稿は完成しました。この原稿、前のものよりも膨れ上がっていて、収録されている言葉は三万語から四万五千語に、一つ一つの説明も長くなり、何と原稿用紙は倍以上の五万枚になっていました。
 
 足かけ二十七年の日々を経てついに先生の原稿は辞書として出版され、一九七五年の毎日出版文化賞を受賞しました。
 受賞のとき先生は「あの時原稿が無くなって、やり直したお陰で、前よりもずっと良いものができました。まさに逆縁が転じて順縁になりました」とおっしゃいました。
 逆縁とは自分にとって良くない縁、好ましくない縁、順縁とは自分にとって良い縁、好ましい縁、という意味です。
 

 逆縁はいつの日か順縁になり得るんだ、というのは仏教の大きなメッセージの一つで、これは即ち「たとえ今どんな境遇にあったとしても、そこには必ず大きな希望もあるんですよ」という釈尊の教えでもあります。
 困難に突き当たった時でも「これは自分が大きくなるチャンスなんだ」と信じる事ができれば、日々の心持ちも変わってくるのではないでしょうか。
(参考「今を生きるための仏教100話」植木雅俊)

 

このブログの著者の著書「フッと心を軽くする 仏教のことば」(春秋社)好評発売中です。

フッと心を軽くする 仏教のことば | 本間 大智 |本 | 通販 | Amazon