幼い娘と海水浴に出かけたある日のこと。
「海岸で拾ったの」、と人形を持ってきた娘。
たいそう気に入っているようでしたが、父は「後で元の場所に戻すように」と諭しました。
しばらくは浮き輪に人形をのせて、一緒に遊んでいるようでした。
父は持参した本を読んでいたほんのわずかな間、娘から目を離したようです。
目をあげると、娘は浮き輪で沖へ流されていました。
助けなくては、と慌てて娘の方へ泳ぎはじめました。
すぐに足が届かない深さになりました。
必死に泳ぎ、娘をみつけると「首に捕まれ」と叫びました。
その時、浮き輪は見えなくなっていました。
娘を背負いながら泳ぐのは至難でした。
足がとどくところまでくると、娘をかついだまま海の中を必死で歩きました。
岸辺に辿り着くと安堵して、ドサッと音をたて、肩からすべり落とすように娘を降ろしました。
彼の足元にあったのは人形です。
娘の姿は、どこにもありませんでした。