「せんせい」でなく、人として。
特別支援学級でのお仕事。
毎日毎日、様々なことが起こり、落ち込んだり悩んだり…
常に価値観の転覆があります。
そして、またトンネルに入ります…
それに十分浸った(笑)後には、そこから抜け出すべく、頭をひねります。

↑友人が教えてくれた、アートセラピーの力を借りてみたり。
もちろん、友人と話せたことが、復活への第一歩!
家族はいつもそばにいて、寄り添って、笑わせてくれます
あとは、信頼出来る支援学級の担任の先生たちに相談し、作戦会議をして…
養護の先生も何かときにかけてくれ、感謝です。
ハンディキャップのある子どもたちも、私と同じひとりの力を持った人間であるのだと、最近しみじみ実感しています。
その子の言動に傷つき、落ち込むのは当然。
大人だから、とか、先生だから、とか関係ない!!
最近こと、そんなふうに感じます。
だけど、こちらは彼らより経験も多く、生活スキルには長けている。
より学び、彼らの世界を知りたい。
そして、「見えているものや感じていること、価値観は違うかもしれない」ということは腑に落ちている。
さらに、「必要なサポートは確実に受けられるべきだ」ということが、実感として身に染みる毎日でもあります。
完全に理解するのは無理(というか、不可能だし、傲慢かもしれない)。
だからせめて、彼らが今後をどうすれば生きやすく、十分に個性的に充実して生きてゆけるかを考え続けています。
だから、私が感じた「イヤなきもち」や、傷ついたことを、あえて隠さなくても良いのでは?と思うようになりました。
私が感じていることは、いわゆる「世間一般、大多数が感じる」ことかもしれない。
彼らが私に対して時々行う言動をそのままにすることは、結果的に彼らの周りの大切な誰かを、将来的に知らずに遠ざけてしまうことになるかもしれない…
そんなことを考えながら、今日も1日彼らと過ごしてきます。
たくさん良いところを見つけて、言葉にして、私も彼らも笑顔になる瞬間をたくさん作りたいと思います😁