町田そのこさんの『月とアマリリス』のレビューになります。

 

さっそくですが、あらすじ・感想・評価の順でふり返っていきます!

 

 あらすじ・相関図

※(完全なものではありませんが)ネタバレ注意

<あらすじ>
北九州市の高蔵山で一部が白骨化した遺体が発見された。地元のタウン誌でライターとして働く飯塚みちるは、元上司で週刊誌編集者の堂本宗次郎の連絡でそのニュースを知る。遺体と一緒に花束らしきものが埋めれられており、死因は不明だが大きな外傷はなかった。警察は、遺体を埋葬するお金のない者が埋めたのではないかと考えているという。遺体の着衣のポケットの中には、メモが入っていた。部分的に読めるその紙には『ありがとう、ごめんね。みちる』と書かれていた。遺体の背景を追って記事にできないかという宗次郎の依頼を、みちるは断る。みちるには、ある事件の記事を書いたことがきっかけで、週刊誌の記者を辞めた過去があった。自分と同じ「みちる」という名前、中学生のころから憧れ、頑張り続けた記者の仕事。すべてから逃げたままの自分でいいのか。みちるは、この事件を追うことを決めた──。

 

<相関図>

飯塚みちる・・東京に本社を置く出版社「鶴翼社」の『週刊ツバサ』に所属する記者。「私立蓉明中学校二年生女子生徒いじめ事件」で加害生徒について記事を書いたところ、その取材の甘さから一人の自殺者を出してしまう。幸いにも加害生徒は一命を取り留めたが、大怪我を負い、遺書からは彼もいじめの被害者であったことが判明する。その責任の重さから飯塚は仕事を辞め、現在は実家がある北九州に戻り、タウン誌のライターをやっている。

 

堂本宗次郎・・「鶴翼社」時代のみちるの上司であり恋人。「私立蓉明中学校二年生女生徒いじめ事件」の記事にゴーサインを出した張本人。逃げるように実家へ帰った彼女に、北九州市にある高蔵山で一部白骨化した遺体が発見された件について記事を書くように迫る。

 

井口雄久・・飯塚の実家の近くに住むお兄さん。現在は父が他界し、母は認知症で施設に入っている。長年昼間は母の介護、夜は代行専門のタクシー運転手をしていた。今回は車を持っていない飯塚のために、運転手兼アシスタントとして取材に付き合ってくれる。また、人生ではじめて(飯塚にだけ)自身がトランスジェンダーであることを告白する。

 

菅野茂美(乃愛)・・本書の冒頭で、のちに白骨化遺体となって発見される「吉屋スミ」さんを高蔵山に埋めている一人。家族や友人から厄介者扱いされ、孤独でいたところをタカハラに救われる。昔から自分の名前が嫌いで乃愛と名乗っている。

 

伊東未散・・幼い頃に最愛の母を亡くし、父親が新たに築いた家庭では邪魔者にされて育ってきた。美人で優しく、飯塚の憧れだった小学校時代の同級生。しかし現在は失踪中とのことで、誰も彼女の居場所を知らない。

 

タカハラ(家原崇)・・実行犯の男。人当たりが良くイケメン。愛情に飢えた未散と乃愛を唆し、独居老人をターゲットにした詐欺事件に巻き込んだ。裏表があり、おそらくサイコパス?

 

事件の背景にあったもの

▼飯塚と井口の取材でわかったこと

・おそらく茂美は発達障害?で、それに気づけなかった家族や学校関係者含む周囲から彼女は邪険にされてきた。(しかし相手側も茂美を支えきれず悩んでいた)

 

・未散の家庭は複雑で、彼女は継母から精神的虐待を受けていた。母親違いの妹は八歳のときに癌で亡くなっている。高校卒業後、家を飛び出し、その後は夜の仕事をしていたが、数年前にタカハラという男と結婚するとのことで寿退社してからは行方がわかっていない。

 

・タカハラと未散は同じ高校の同級生。

 

▼事件について

高蔵山に埋められていたのは、吉屋スミさんという高齢女性。身寄りはなく、亡くなる直前まで茂美、未散、タカハラとアパートで同居していた。しかしスミが病死したため、タカハラの指示で彼女を山に遺棄した。その後は自首をすると言った茂美をタカハラが殺害、他の老人の家に未散を連れて引っ越す。タカハラは独居老人の家を乗っ取りながら生活していた(他にも詐欺の余罪アリ)。未散は途中からタカハラの本性に気づくも、彼が怖くて逃げだすことができなかった⇒最終的にタカハラを刺して逃走する。

 

 感想

著者の新境地・サスペンスということで、とても楽しみに読んだ。結果、愛着障害、いじめ、ヤングケアラー、共依存、境界知能、トランスジェンダー、男尊女卑・・など現代の社会問題がてんこもりだった。ここまで詰め込んだら普通はウンザリするだろうに、なぜか町田そのこさんの手にかかると物語が破綻しないどころか、一層濃く、深くなる。

 

それでも井口がトランスジェンダーである必要性だけはよくわからなかった。ひとの痛みに敏感だったり、スマートに寄り添えたりするキャラクターは、必ずしも何かそうなった大きな理由がなければいけないのだろうか。これは他の小説を読んでいても思うのだが、優しい人=大きな苦しみを背負っている人というパターンが多い。個人的には何か理由があってその人が尊いのではなく、その人であるから尊いと思えるようなパターンを見てみたい。悩みがあろうがなかろうが、私は井口が元から繊細で情に深い人間だと思っている。それこそが彼が生まれ持ったギフトであると思っている。

 

そしてもう一つ気になるのは、これもまた最近の本でよくみかける九州の男尊女卑問題だ。私は九州の知り合いがいないので、本当にこうなのか?と思ってしまうが、読んでいてそれくらいゾッとするほどの男尊女卑社会だ。しかし、何気に東京にいる堂本からも危険なニオイを感じてしまったのは私だけだろうか?いくら飯塚のためとはいえ、彼のやり方は強引するぎるし、どこか支配的に感じてしまった。ただ、これも愛情だと感じる人もいれば、私のように怖いと感じる人もいるのだろう。

 

▼注目のフレーズ

「ひとはひとで歪むんよ。その歪みをどこまで拒めるかが、自分自身の力。私は無力でばかやった。いつも、歪みを受け入れることが愛やと思ってたし、そうすることで愛されようとしてたんよ」P356

 

▼教訓

勝手に他人に希望を持ったり、期待して、その通りではなかったからと絶望しない、傷つかない。自分の思い込み、当たり前を相手に押し付けない。「ほんとう」を見失わないためには、「多分」で物事を描くのではなく、「ほんとうのかたち」を探すまで何べんでも描くことが大事。

 

題名の意味(個人的な考察)

『月とアマリリス』という題名は、はじめ『月と卓球』だったとのこと。それは学生時代に一度だけ飯塚と未散が卓球をしたときに、周囲が驚くほどのラリーを続けたシーンが関係しています。飯塚がまだいじめに遭う前の小学校時代、女子の間で「アマリリス会」という、女子会が流行っていました。当時、そこで互いの悩みや愚痴を言い合ってワイワイするのがとても楽しかったのだとか。アマリリスには「おしゃべり」という意味もあり、大人になって誰にも悩みを話せなくなった彼女たちは、ひとにとって「会話」が「心の栄養のために」いかに大事だったかを痛感します。このようにアマリリスには心と心のハーモニー的な意味合いがあり、それは卓球のラリーを通し言葉のない会話を繰り返していたシーンと重なるのですね。ただ、さすがに『月と卓球』ではスポ根小説のイメージになってしまうので、アマリリスで正解でしたよね。

 

では「月」はどういう意味なの?となりますが、それは正直私もわかりません。

 

「ひとはひとによって、まっすぐになることもできる。強さから輝きを分けてもらい、自分の糧として立ち上がることができる」P356

 

本書にはこんな言葉が残されているのですが、つまりはひとは一人では輝けないということですよね。また、月には女性を表す意味もあり、月の満ち欠けには「再生や成長」という意味もあるそうです。そっか、月は一度欠けてしまっても再生できるという意味もあるのかな。そこには女性同士で結託して這い上がる的な強さも感じます。思えば、飯塚の「みちる」という名前も、彼女の兄の「潮」という名前も月由来でした。そして兄はいつも妹の味方でいてくれました。月の光には闇を優しく照らし、進むべき方向を示してくれる「道しるべ」の意味もあるので、『月とアマリリス』は、人間同士のつながりや対話を諦めるな、そうすれば道が開けるというメッセージが込められているのかな?と思いました。間違っているかもしれませんが(笑)

 

 評価

4.2/5

町田そのこさんがサスペンスを描くと、結局泣けてしまうのか!!なぜこんなにもひとの心を動かす物語を描けるのだろうか、毎回不思議。未散の生い立ちはとても気の毒で、胸が張り裂けそうだった。いや張り裂けた。しかし、失踪した未散を心配し、会いたいと願っていた長崎のおじいちゃんや、お向かいの鶴代さん、唯一の「普通」役なのに活躍した吉永さん(こういう普通の中にも善悪が複雑に絡み合っている系のキャラが出てきて◎)が、ずっと彼女とアマリリス会をできるのを夢見ていたと思うとグッとくるものがある。生きていると、近くにいても遠くにいるみたいに気づけないことのほうが多い。

 

私オススメのシーンは、スミさんと茂美と未散が女三人で子守歌を聴かせ合い、まるで母親になったかのように癒しを分け与え、互いの過去を労いあったところ。もうひとつは、長崎のおじいちゃんがボロボロになって変わり果てた未散を見て、「わしの大事な、たった一人の孫娘ぞ。誰がこんな傷つけた?ここで待っとれ、未散。じいちゃんがそいつを叩き殺してやる」「みいちゃんは何も悪うない。じいちゃんがしてやらないかんかったことを、自分でしたやけやけん。何も悪うない。ひとりでよう頑張った。みいちゃんは、よう頑張っただけやけん」と抱きしめるシーン。事の経緯は省くが、めちゃくちゃ号泣するシーンなのでハンカチの用意を。

 

重い物語ですが、とても読みやすく、あっという間に最後のページまでいけちゃうので未読の方はぜひ手に取ってみてください。

 

以上、レビューでした!