城山真一さんの『看守の流儀』のレビューになります。

 

こちらは加賀刑務所を舞台にした”刑務所ミステリー”で、多くのファンから感動する一冊として愛されています。刑務所内の部署間の対立、刑務官たちの矜持と葛藤、複雑ぎる人間関係・・本書では「更生の最後の砦」と呼ばれる刑務所内で起こる出来事を全五話の連作短編として描いています。さっそくですが、各物語の内容を紹介していきます。ぜひドラマ版と比較してお楽しみください。

 

<はじめに>

全話の冒頭には、加賀刑務所で服役していた歌手の三上順太郎(ミカミ・ジュン)による手記が紹介されています。そこには刑務所生活での出来事やお世話になったHTという刑務官へのおもいが綴られています。この手記は『プリズン・ダイアリー』として、出所後に出版されているという設定になっています。そしてこのHTというのは、加賀刑務所で異質の存在感を放つ、火石司刑務官のことを指します。火石は刑務所内で起きた問題を謎の方法で解決してしまうため、周囲から”火石マジック”と噂されています。

 

以下はネタバレ含むレビューになります

 

ヨンピン

あらすじ

ヨンピンとは、服役期間の残り四分の一を残して仮出所することを意味する。ある日、処遇部の宗片は、新人刑務官の奥井と、まもなく仮出所を控えた受刑者の荷物チェックを行っていた。すると源田陽一という受刑者の持ち物の中に差出人不明の手紙があった。通常、受刑者の更生を妨げるおそれのある手紙は抜き取られるのだが、今回は差出人不明のため、手紙を送り返すことができず、勝手に処分することもできない。そのため受刑者に渡すことになるのだが、これを奥井は自己判断で抜き取ってしまう。しかし、出所した源田はあるはずの手紙がないことに気づき、更生施設から失踪してしまう。同じ頃、蛭川という受刑者が薬を袋ごと飲み込んで意識不明の重体になり、搬送されていた。実はつい最近も高齢受刑者が食べ物を喉につまらせて死亡したばかりだったため、もし蛭川が命を落とした場合、加賀刑務所は大変なことになってしまう。蛭川の担当刑務官で任官二年目の西門は、主席処遇官の蒲田から責任を押し付けられ、パワハラまがいの叱責を受ける。

 

事件解決までの流れ

・手紙には恋人ミカゲの連絡先が書いてあった。出所して手紙がないことに焦った源田はミカゲを探し回っていたのだった。宗片は奥井の失態をカバーするため、上に報告する前に何とか自力で源田を探し出そうとする。ミカゲは元夫から経済的DVを受けていたため離婚、その後源田と交際していたが、彼はすぐに傷害事件を起こして逮捕されてしまった。また、その頃に元夫からはつきまとい行為を受けていた。そのため源田に手紙を出す時も細心の注意を払って住所氏名を伏せていたのだった。宗片はルールを破ってミカゲに連絡を取り、その経緯を知る。また、源田の親族にも連絡を取り、彼が行きそうな場所を聞き出して無事に源田を発見、手紙のことを詫び、施設まで帰ってもらった。(この出来事は互いに秘密にすることで乗り切った)

 

・蛭川は死亡するが、持ち物の中から認知症を苦に自殺したという内容の遺書が見つかったことで、刑務所は難を逃れる。しかしこの遺書は火石による偽造かもしれない。蛭川は火石からペン習字を教わっていたため、おそらく火石は遺書に使えそうな文書を作品から抜き取り、彼の文庫に挟んだのではないか。幸い、このおかげで西門は刑務官を辞めずに済んだ。また、ミカゲの元夫は蒲田だった。蒲田はのちにパワハラで左遷される。

 

Gとれ

あらすじ

Gとれとは、暴力団から足を洗うことを意味する隠語。刑務所には「Gとれプログラム」という更生プログラムがあり、これは更生の見込みがある受刑者にこっそりと仮釈放を得るための別メニューを受講してもらい、暴力団を辞めさせようというやり方だ。看守部長の及川は、警察から自身が担当している印刷工場で入試問題の流失が行われていると言われる。一体どうのような手口で流失が可能なのか考えたところ、以前自分がルールを破って与崎という受刑者に携帯電話を貸したことを思い出す。ひょっとしたら、あのとき彼は外部と連絡を取っていたのかもしれない。また、他にも疑わしき人物(勤務態度の悪い瀬山と金山)がおり・・。

 

事件解決までの流れ

犯人はGとれを受けている模範囚の勝田だった。及川は勝田が瀬山たちにGとれを受講していることを知られ、いじめられていたことから、犯人だとは思っていなかった。しかし、これはGとれを辞退したい勝田が仕組んだ自作自演だった。勝田はシャバに戻っても生きていけないと思い、出所したら再び組に戻るため、刑務所から”仕事”をしていた。ゴミ拾いをしているふりをして、監視カメラの視覚になる場所から携帯電話の受け渡しを行い、それを使って入試問題画像を撮影し、組織に流していたのだ。与崎は別件で警察に呼ばれていただけで、それは単なる聞き取り調査に過ぎなかった。及川は正規の懲戒処分は免れ、配置転換で済んだが、加賀刑務所を去る際には与崎だけでなく、瀬山と金山まで残念がっていた。もちろん、流失事件の真相を掴んだのは火石だった。

 

レッドゾーン

あらすじ

レッドゾーンとは介護が必要な受刑者がいるエリアのことをいう。総務部の小田倉は担当部署で受刑者の健康診断記録とレントゲン写真が紛失したことを聞かされる。彼はこれを総務部を恨んでいる処遇部のいやがらせだと決めつけてしまう。あさってには、受刑者へのGPS発信機の導入をマスコミ向けに発表することになっているため、その前には見つけ出さないと”すべて”を公表しなければならなくなる。実は総務部がGPS導入を提案した際に、処遇部からはレッドゾーン用の介護専門スタッフが不足しているとの訴えがあった。少ない予算の中でどちらの意見を採用するのかという選択の中で、上は世間受けのいい前者を優先してしまい、二者の間には不穏な空気が流れていたのだった。

 

事件解決までの流れ

書類を盗んだ犯人は大学病院から派遣されてくる医官だった。彼は常勤の木林医師が持病で目を悪くしていたときに、かわりにレントゲン写真を診断するよう頼まれていた。それがあまりの量だったため、持ち帰ってしまったのだ。木林は自身の体調不良を公にしたくなかったため、これを秘密裏にしていたとのこと。刑務所で働きたい医療関係者が少ない中、あえてそこで働く薬剤師の美里含め、木林のような人間は”わけあり”の場合が多い。ここを辞めたら行くところがないと不安になった木林は、病気を隠すためこのようなことをしてしまった。以前小田倉は火石から「上には早く報告したほうがいい事と、そうではない事との選別が必要だ」と助言されていたことを思い出す。そして今回自分がきちんと確認する前に、上に報告したせいで大事になったことを反省する。また、疑いをかけられていた処遇部の才田が、誰よりも真剣にレッドゾーンでの大変な仕事をしている姿を見て、とてつもない羞恥心と後悔をすることになる。

 

ガラ受け

あらすじ

西門が再び登場する。今回担当している貝原という受刑者は、末期のすい臓がんで余命三ヶ月と診断される。貝原の罪状は過失致死。被害者は越田という男で、借金があった。越田は貝原が若い女性のマンションから出てくるところを「不倫をばらす」と言って脅し、しつように絡んだところを柔道技をかけられて投げ飛ばされた。そのとき、運悪く車が通りかかり、彼は跳ね飛ばされて亡くなってしまった。その後、貝原は妻と離婚している。貝原を気の毒に思った西門は、刑の執行停止(死が近い受刑者に服役期間を終わらせる手続きをすることで、民間の病院での療養、自宅での療養が可能になる)を求めることにする。ただ、そのためには本人による希望と家族の同意がなければならない。

 

事件解決までの流れ

実は貝原は不倫などしていなかった。あの日、訪れたマンションには妻の亡き父・雄之介の隠し子がいたのだ。生前、雄之介は娘の洋子にそのことを打ち明けられず、秘密にしていた。しかし、隠し子の佳奈絵には生まれつき足に障害があったため、雄之介は今までずっと娘の様子を定期的に見に行き、お金を援助していた。自身が亡くなったあとは、貝原にすべてを託しており、彼は約束通り妻と娘にはその事実を黙っていた。真実を知った母娘は刑の執行停止を求め、貝原との面会を求めるが、本人は罪を犯した人間が幸せになってはいけないと拒否する。しかし貝原の介護を担当していた三上順太郎がずっと人前で歌うことのできなかった歌を、彼のためだけに披露してくれた以来、本音では刑の執行停止へ気持ちが傾いていたのも事実だった。それでも頑なに面会を拒否していた貝原に、木林と火石たちがある作戦を練る。それは刑務所の金網からわずかにシャバが見えるエリアに妻と娘を立たせ、貝原を窓側まで他の用事で呼び出すことで、強制的に二人を視覚に入れるというものだ。そこで久々に対面した家族は、感動の時間を過ごし、ようやく貝原も西門の説得を受け入れ、無事に刑の執行停止を得ることになった。

 

お礼参り

あらすじ

牛切貢という受刑者が出所前に受けた心理テストで再犯の恐れが非常に高いと診断される。彼は放火で捕まっているため、刑務所は警察と二人一組で出所後の牛切を見張ることにする。警察署からは赤塚が、刑務所からは伊井が送り出されるが、赤塚は牛切が警察を狙っているという情報を掴んでおり、それが自分のことであるとわかっている。しかし、彼らが二人を追う後ろで、さらに彼らを追う男の姿があった。そんなとき、赤塚たちは牛切の部屋から煙が上がっているのを発見し、慌てて部屋に飛び込むが、そこには彼はおらず・・・。二人は牛切を逃してしまう。

 

事件解決までの流れ

実は火石が牛切の心理テストの結果に手を加えていた。理由は牛切が貞弘という受刑者から命を狙われていたからだ。そこで同じ時期に出所する彼らを案じた火石は、警察へわざと牛切が勝田にお礼参りをする情報を流し、彼を見張るように仕向けた。貞弘の恋人・咲江は、牛切が起こした放火事件の被害者で顔に大やけどを負っている。彼はその復讐のため、牛切に近づこうと刑務所に入ったが、牛切は摂食障害を発症し、医療刑務所で治療を受けていたため会うことができなかった。そこでいち早く出所を目指し、シャバで犯行を決行することにしたのだ。しかし咲江と火石は繋がっており、犯行ギリギリで貞弘は火石から説得され思いとどまる。

 

感想

「ガラ受け」と「お礼参り」は泣けました。刑務官が大変なのは、前に医務官の本を読んだときにも思いましたが、そのときはひたすら暗くて、厳しい世界だなという印象しかありませんでした。もうしばらくはこの手の本は読みたくないなぁと思うほど精神的にきつかったことを覚えています。

 

そんな私でも、本書は辛いながらも止まることなく読める作品でした。ヒューマンストーリー味が濃いからでしょうか。ほんのりミステリー色だったのもあるかもしれません。

 

まず、この謎の刑務官・火石さんですが、実は最後に女性であることが判明します。ずっと男性だと思っていたのに!!その理由も驚き。なんと三上順太郎ことミカミ・ジュンはトランスジェンダーで、心は女性だったのですね。しかし、彼女は戸籍が「男」のままだったため、男性刑務所に入ることになり、せめて女性の刑務官を配置しようということになったのです。それがミカミ専用の刑務官・火石司でした。

 

火石は顔に大きな傷があるという設定で、何だかわけありの様子。しかし本書ではその理由が語られていません。ただ、「お礼参り」で貞弘を説得するときに彼女は「あなたが更生していないのなら、その責任は加賀刑務所にあります。牛切ではなく、刑務官である私に復讐してください」というのです。これで貞弘は冷静になることができるのですが、なかなか残酷なシーンでもあります。

 

さて、ミカミのために加賀刑務所へ異動してきた火石ですが、彼女が出所した現在、もうここに留まることはできないでしょう。もともと異動の辞令が出されたときも、「決して目立つな、女性的要素の一切を排除して勤務せよ」と言われたくらい歓迎されていなかったので・・。また、牛切の件で何らかしらのお咎めもありそうで、異動は免れないでしょう。

 

まぁ彼女の行く末は言わないでおきます。そこはお楽しみということで。

 

さらに本書には続編もあるので、気になる方は読んでみてください。

 

では、最後に総評を。

4.7/5

小説でしか表現できないサプライズが楽しかった。登場人物と役職が多くて頭を整理しながら読むのがやや大変。刑務官たちは厳しさの中に人情味がある。ストレスのある仕事だが、頑張ってほしい。レッドゾーンに配属される刑務官たちが少しでも楽になるようどうにかしてほしいと思った。せめて臭い消しくらい満足に購入できるようにしてほしい。ここには書いていない細かな感動シーンがわんさかあるので、直接読むことをオススメする。

 

以上、ネタバレ含むレビューでした!