小川糸さんの『小鳥とリムジン』のレビューになります。
こちらは「生」の三部作(『食堂かたつむり』『ライオンのおやつ』)の三つ目を飾る物語になります。今回のテーマは、愛することは生きること。ちなみに一作目の『食堂かたつむり』のテーマは、食べることは生きること、そして二作目の『ライオンのおやつ』のテーマは、死に向きあうことは生きること、でした。
さっそくですが、簡単なあらすじをどうぞ!
あらすじ|人生に絶望した女性の再スタート
主人公は母親から性的虐待を受け、児童養護施設で育った小鳥というアラサー女性。彼女の生い立ちをざっと説明すると・・
・幼い頃からシングルマザーの母親に恋人と性行為をしているところを見させらていた
・母親の恋人から体を触られていた
・家では性加害から逃れるため、トイレで生活をしていた
・経済的に余裕がある家庭で、身なりもキレイにしていたため、学校や警察は小鳥の不幸を信じてくれなかった
・中学時代に唯一の親友・美船が自殺してしまう
・高校生の頃に自ら児童養護施設へ行く
という、なかなかのハードモード。実はこの他にも人間嫌いになるような出来事がたくさんあり、そのせいで、小鳥はすっかり人生に絶望しています。しかし、そんな彼女も通勤途中に通りかかるお弁当屋さんの店長との出会いによって、やがて心と体を取り戻していきます。
感想(ネタバレ注意)
すみません、ちょっと今回はさいごではなく、真ん中に感想を入れさせてください。その理由はですね、本書は前半部分だけでも展開が早すぎて、読んでいるときから「ちょと待って、ちょっと待って」状態になってしまったからです。もう、この時点で感想がわんさか出てきてしまったのですよ。
というのも、前半で小鳥は施設を出たあとに「コジマ」さんという実の父親を名乗る男性の介護をすることになります。しかし、コジマさんはあっけなく亡くなってしまい(長年の介護生活すら急ぎ足で進む)、再び独りになった小鳥は、癒しを求めるかのように入ったお弁当屋さんで、おいしいご飯を食べて泣いてしまうのですね。
で、そこの店長というのが理夢人(リムジン)という異性を感じさせないスピ系男子なのですが、小鳥は彼が提供してくれる愛情いっぱいのお弁当を食べていくうちに、すっかりその人間性に恋をし、人間嫌いや男性恐怖、性嫌悪を克服していきます。で、で、で、その理夢人の生い立ちというのも変わっていて、彼は生まれてすぐ親に捨てられ、オジバ(オジサンでもオバサンでもないからオジバ)というトランスジェンダーの男性?女性?と、そのパートナーから育てられていたのです。
ね?これだけでも情報量が凄いですよね?おそらく普通の小説なら小鳥の過去(母親からの虐待or実父の介護)だけでメインテーマになると思うのですが、本書はそこに理夢人の生い立ち(トランスジェンダー、スピリチュアル系)が入ってくるので大忙し。しかもそれが前半にすべて詰め込まれているので、正直、小説というよりは映画のダイジェストを観ている気分でした。
気持ち悪い?
と、いうことを前半の感想として言いたくて・・後半については総評のほうで書きたいと思います。上で理夢人のことをスピ系と表現しちゃいましたが、これはあまり正しくなくて、うーん、何といったらいいのかなぁ。彼はこの世の成り立ちや生命の成り立ちについて、科学的、宗教的に考える理系男子なのですよ。言っていることはわかるけれど、サラッと話が宇宙やら素粒子やら輪廻転生まで飛ぶので、ひょっとすると、ついていけなくなる読者もいるかもしれません。
私は本を読む前に必ずあらすじやレビューを確認するのですが、実をいうと『小鳥とリムジン』でググったときに、「気持ち悪い」というワードが一緒に引っかかりまして。なんで?と思って実際読んでみたら、前半部分の小鳥の生い立ちをグロくて無理と思う人と、後半部分の恋愛描写に気持ち悪さを感じる人に分かれているようでした。(誤解がないように加えると、後半の恋愛パートを「愛」だと絶賛している方も多かったです)
私はというと、確かに後半の会話文はちょっと苦手だったかもしれません。内容は凄く共感できるのですが、言葉のチョイスが直球すぎて、詩人耐性のない私にはムズムズしちゃいました。いやー凄い。これもNHKでドラマ化するのかな?できるかな?なんて余計なことを考えてしまいましたよ。
ちなみに私は三部作の中で『ライオンのおやつ』が一番好みだったかな。そして小川糸さん作品全体のマイベストは『つるかめ助産院』といった感じ。『小鳥とリムジン』は、今のところそんな上位ではありませんが、ポエマー台詞なしで考えれば素敵なことをたくさん伝えている一冊だと思います。
評価
評価に入る前に、これから読む方に向けて、本書の見どころをご紹介します。
それはオジバです。理夢人の育ての親のオジバです。オジバはトランスジェンダーであることからパートナーと体の関係を持つことができず、別れています。オジバは自分の子供を持つことができなかったかわりに、理夢人との出会いに感謝し、精一杯の愛情を注ぎます。本当は誰よりも愛に焦がれ、愛を持て余していたはずのオジバ。愛しているのに、物理的に、心理的に、愛すことが叶わなかったオジバ。このオジバの精神が、性に嫌悪感を持っている小鳥にどう影響を与えるのか、ぜひとも楽しみにしていてください。
それでは、いよいよ総評とまとめに入ります!!
総評は3.8/5
前半がスピーディーな上に詰め込み型だったので、じっくり派の私には心が追いつかなかった。一方、後半は心に寄り添いまくってくるので、じーんときた。苛酷な話でありながらも、なぜかほんわかさせてくれるのは、筆者の力としか言いようがない。宝物みたいな文章をたくさん見つけられた。ただ、理夢人の話し方がちょっと気持ち悪い(ごめん!)のが、どうも最後まで慣れなかった。
後半の感想について
人生を諦め、生まれたから仕方なく死ぬまで生きているだけだった小鳥。性行為で命が誕生するなんておぞましいとさえ思っていた小鳥。そんな小鳥の考えを180度変えてくれたのは、理夢人でした。二人は互いの過去を何の躊躇いもなく受けいれ、あっという間に相思相愛になります。あれだけ異性や性行為を嫌悪していた小鳥が、理夢人に体を委ねるのが早かったのには驚きましたが、それによって愛を知り、変わっていった姿には感動。本物の愛は薬になるし、即効性があるのだなぁと思いました。逆に偽物の愛は危険ですね。一時的に満たされても、副作用で身を滅ぼしかねませんから。そういった点で小鳥は理夢人みたいな人に出会えてラッキーだったなと思いました。また、そんな幸運に恵まれたのは、小鳥がコジマさんからの愛を受け取り、それをお返しする勇気があったからなのでしょうね。三十歳になるまで誰とも付き合わなかった小鳥を気持ち悪いという人もいるけれど、私は性加害を受けた彼女だからこそ、本当に愛せる人ができるまで「自分の心と体」を守ってきた姿にかっこよさを感じました。
さいごに小鳥とリムジンから得た人生の教訓を残して締めます。
ハードな人生でも、それと同じだけハッピーなことがあればプラマイゼロ。そこからさらにハッピーを重ねていけば、辛かったことは全体のほんの数パーセントになる。劇的な大逆転は難しくても、日々コツコツ幸せを重ねていけば、いつか気づかないうちに逆転しているかもしれない。幸せになるにも一歩を踏み出す勇気がいる。
ということで。
以上、『小鳥とリムジン』のレビューでした!
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