前川裕さんの小説『嗤う被告人』のレビューになります。こちらは、あの紀州のドン・ファン事件をモデルにした実話系ミステリーになります。

 

ドン・ファンと呼ばれた資産家殺しは元妻か真犯人なのか、彼女は拘置所から私を操るのか?「銚子のドン・ファン」の異名をもつ好色な老資産家が死んだ。殺人罪で起訴されたのは、結婚したばかりの55歳下の若妻――。拘置所で接見を重ねる新人女性弁護士は、被告の曰くありげな言動に翻弄されつつ、不可解な示唆と時に鋭い指摘に誘導されるように、事件の真相に迫っていく。異様な感動の結末へ跳躍する新たな実話系ミステリー!(あらすじより)

 

実際の事件とほぼ類似した内容になっていますが、結末だけはオリジナルになっています。また、物語に出てくる登場人物や団体・組織はあくまでも架空のものであり、実在するものとは何の関係もありません。しかし、かなり細かな点まで実際の事件と一致しているため、これから読まれる方はそのへんにご注意ください。

 

それでは、さっそく作品紹介(あらすじ)と感想に入ります!

 

 

銚子のドン・ファン事件

本書では「紀州のドン・ファン」が「銚子のドン・ファン」になっています。

 

ちなみに・・

 

野崎幸助⇒野島耕三(以下社長)

妻Z⇒坂井由起

 

となっています。奥さんの本名はネットを見ればわかりますが、無罪判決が出ているので当ブログではイニシャルにしています。ご覧のように、本書では下の名前だけ本名に寄せたものになっています。

 

あらすじは実際の事件と同じで、大金持ちの社長が急性覚醒剤中毒で死亡し、その妻が殺人と覚醒剤取締法違反で逮捕された、というもの。しかし妻は無罪を主張したため、裁判では状況証拠で争うことになり、検察側も弁護側も準備や整理に時間がかかってしまいます。本書では森本里奈という若手弁護士が被告側の弁護団に加わり、由起の調査をすることに。森本は由起と同年代ということで、あちらも話しやすいのではないかという理由から抜擢されたようですが・・・まぁこの二人があわない。一応、この物語の主人公は森本なのですが、彼女がなかなかのヒステリーで、誰と話してもすぐ喧嘩になってしまいます。

 

由起という女

インテリの森本にとってドン・ファンの周りに群がるような女は安っぽく見えるのか、どこか見下しています。この人は賢そう、この人はまぁ理論的に話せるタイプだな・・と脳内で仕訳けていくのですが、その勘の多くは外れています。そのため、由起との最初の面会でも、彼女のことを「バカっぽい」と評価しています。しかし、面会を重ねていくうちに、森本は自分が由起の言動に翻弄され、彼女の指示どおりに動くよう誘導されていることに気づきます。

 

はい、そうなんです。実は由起って相当賢い女なのですよ。自分みたいな女が「やっていない」と言ったところで、誰も(特に森本が)信じてくれないのがわかっているので、あえて間接的に無実を証明しようと計画しているのです。

 

小宮山文代

たとえば野島家の家政婦をしていた文代は、由起のことを常識のない子だとは思っているものの、悪い子ではないと思っています。由起もそう思われている確信を持っているため、森本にその話を訊いてもらうべく、文代を訪ねるよう仕向けます。また、文代は世間では知られていない社長の「ケチ」なところも知っている存在であるため、周囲が思うほどお金の羽振りがいい人ではなかったということを暴露してくれる期待がありました。そして何より大きいのは、文代自身が「社長は相当ボケており、いつ死んでもおかしくないと思っていた」というプライベートな事情を知っていた人物である点です。これは一見、口裏合わせとも考えられ、文代も共犯者なのではないか?と疑うところですが、私にはどうもそうとは思えませんでした。

川島水脈

由起は社長の会社「エステート野島」の元社員で、経理を担当していた水脈と一番仲が良かったと匂わします。しかし実際水脈に話を訊くと、二人は業務連絡以外ほとんど話さなかった関係だと判明します。実は由起が森本を水脈のもとへ行かせたのにはある理由があります。これを言ってしまうと、ネタバレになるので言いませんが、由起は相当な策士だということがわかります。

土倉真希絵

由起は社長の元愛人で、元社員の土倉真希絵を調査するように指示してきます。実際に真希絵は由起と同タイプで、わかりやすいくらいドンファン好みの容姿をした女性ですが、それでも森本は「由起よりも話し方がマシ」という理由から真希絵に好印象を抱きます。そして、「どうせ由起は自分ではなく真希絵が社長を殺したと装いたいのだろう」とさらなる疑惑の目を向けてしまいます。

 

銚子クレイドル

こうして森本が由起に乗せられてあれこれ調査しているうちにたどり着いたのが、「銚子クレイドル」の代表・住谷です。「銚子クレイドル」は、家出した未成年を宿泊させてあげたり、貧困者の生活の面倒をみてあげたりする施設なのですが、経済的にはギリギリの運営で、数少ない企業からの寄付金で何とか保っている状態です。

 

ただ、この施設は住谷がキリスト教徒であることから、警察からは左翼的団体とマークされています。実際に不法滞在の外国人を匿っているという噂もあり、それが事実であることも判明します。そして驚くことに、社長が亡くなる前、新たに作成した遺書には、この銚子クレイドルに全遺産を寄付すると書いてあったのです。

 

しかし、社長と銚子クレイドルにはまったく接点がありません。そもそもあの社長がNPO団体に寄付をするなど、ちっとも想像がつかないのです。住谷自身も、とぼけているのか、本当なのか、なぜ会ったこともないドン・ファンがこんな無名の施設に寄付してくれるのかわからないと言います。

 

これはもしかすると、由起と住谷は組んでいて、社長の遺産が一時的に銚子クレイドルへ渡るよう仕組み、その後ふたりで山分けしようとしているということなのか?それとも本当に由起は遺書の件に関与しておらず、社長に遺書を書かせた真犯人が由起を嵌め、銚子クレイドルを脅し、遺産を奪おうとしているのか?だとしたら、それはやはり真希絵なのか?森本は複雑化する事態に混乱し、ますます真実がわからなくなります。(どちらにせよ犯人は遺産を個人宛でなく寄付というかたちにすることで、あとからお金を奪おうとしている)

 

疑わしき人物一覧

ここでちょっと私が途中まで読んだ段階での推理メモを公開します。


文代⇒✕ 社長は若い女にしか興味がないし、好きな女にしかお金を出さない。そのためマスコミから高給で雇われていると印象づけられていた文代の賃金は、世間が思うほど高くなかった。よって社長が彼女のために遺書を書かくことはないだろう。また彼女は、由起と同じく認知症で怒りっぽい近年の社長にはあまり近づきたくなく、距離を置いていた。

 

水脈⇒△ 若くて美人だが、社長の好みではない。しかし真面目でしっかり者の彼女は、逆に社長から一切の打算がないと唯一「信頼」されていた。年老いて女性たちから相手にされなくなった孤独な社長には、水脈しか頼れる人がいなかった。だからこそ、もし彼女に野心があれば、何でも言いなりになった可能性がある。また、彼女は経理担当だったことから、社長に税金対策としてNPO団体への寄付を勧めていた可能性がある。

 

真希絵⇒△ お金目当てで社長の愛人になり、過去に銚子クレイドルで保護されたという疑惑があるものの、証拠がないので何とも言えず。ただ、彼女と由起は、金銭目的で体を売っていることを隠していないため、遺産が欲しいなら本人に堂々とお願いしているのではないか。

 

浦野⇒△ 社長の裏金の運搬・管理をしていた。しかし、彼は謎の事故死を遂げてしまう。また、彼が金庫に入れたはずの二億円はキレイさっぱり消えていた。亡くなった夜、彼はバーで由起や真希絵系の容姿をした女性と二人で過ごしていた。

 

住谷⇒◎ 一番あやしい。住谷は浦野とトラブルを起こしていたことが判明するが、そのあと彼は亡くなっている。さらに森本が施設の職員・加奈子から住谷について話を訊いたところ、後日彼女はクビにされてしまう。また、彼女は森本に「浦野からある書類を預かっている」と伝えたあと、すぐに亡くなってしまう。

 

ネタバレはしないので、みなさんもよーく考えてみてください。もちろん、由起が犯人という説も忘れずに推理してくださいね。

 

感想

いやぁ~思っていたより由起が策士でおったまげました。というか、彼女、全然ドン・ファンを嫌っていたのを周りに隠していなかったし、お金目当てなのも隠していなかったのね。パパ活なんてどっちにとってもボランティアじゃんと言われたら、そりゃ大人同士が双方で話し合った結果(金と体のトレードで)結婚したのなら他人は何も言えないですよね。

 

しかも由起は「社長に早く死んでほしいなぁ」ということも隠していませんでした。もうすっかりボケているのに性欲だけは凄くて、家では横暴な話し方をする夫に、嫌になる!と。悲しいことに家政婦さんまで「その気持ちはわかる」と言っているし、社長自身がその過去を知る人や社員さんからも決していいイメージを持たれていないので、誰も今さら若い女に騙されたカワイソウなおじいさんとは思っていないのです。いや、むしろあなたはカネで女を買うのが趣味でしょ、と。お金ばら撒くのが好きでしょ、と。最後のほうは認知機能も低下して、一体何枚遺書を書いているのよ、といった感じでした。

 

そもそも十三億円の遺産をたとえ銚子クレイドルに相続したとしても、四分の一を由起は妻として相続できるので、それで困るのはまったく相続できない社長の兄弟姉妹たちのほうなのです。彼らはあの遺言書さえなければ遺産の四分の一をもらえたので、そんなことは認められないと大騒ぎします。

 

実際の事件で社長が覚醒剤を飲んだ経緯は不明ですが、本書では錠剤にして飲んだのではないか、と言われています。性欲旺盛な社長は夜のお薬を欲しがることがよくあったらしく、それで覚醒剤に手を出したとみられています。その購入こそ由起に頼んだものの、それをカプセルにして飲んだら効くと嘘を教えたのは他の人がしたことになっています。

 

ちょっと後半は小説色が強くなり、ほとんど作り話になってきますが、おそらくこれだけは本当なのだろうなぁと思うのが、ドン・ファンはコンプレックスの塊だったのだろうということです。

 

そのコンプレックスをお金で解消しようとした結果が、いかにも金持ちが連れて歩いてそうな派手な女性と関係を持つことだったのではないかな、と。ん~。もっといいお金の使い方があったと思うのだけれど、こればかりは本人の稼いだお金なので文句は言えませんね。ただ、最も寂しい使い方をしたな、とは思います。

 

さいごに総評です。

評価3.8/4

読む前に事件をおさらいすればよかった。どこまでがリアルかわからなくて混乱してしまった。しかし後半のほとんどはリアリティが薄まり、THE物語的展開になるので、基本はミステリー小説として読めばいいのかも。主人公の森本が感情的すぎて、失礼ながら弁護士に向いていないと思った。この事件の真相は一体なんなのだろう?


みなさんもぜひ犯人を当ててみてください。

 

以上、レビューでした!