月島真昼さんのデビュー作『姉が壊れた。』のあらすじと感想になります。本書には『どんどんキミに似ていく』という短編も収録されているので、そちらの方もあわせてレビューしていきたいと思います。
姉が壊れた。|あらすじ・感想
<内容紹介>
思いがけず、練炭自殺を図る寸前の姉の部屋を訪れた俺。美貌にも能力にも自信の溢れたかつての面影は消え失せ、生気のない虚ろな目をした姉は、どうやら会社の上司からパワハラを受けているようだ。(あらすじより)
<感想>
エリート街道まっしぐらだった姉が就職先で初めての挫折を経験してしまう。内容は上司からのパワハラ(セクハラも)で、完全に他の社員のミスをなすりつけられているだけなのだが、真面目な彼女はすべて自分のせいだと思っている。私がなぜこのパワハラを「挫折」と表現したかというと、これまでに彼女は誰に対しても「無敵」だったからである。特に家族の前、それも「弟」に対しては、もはやパワハラ上司以上の女王様っぷりを発揮し、自由気ままに生きてきたのだ。ところが、この上司に出会ってから、お姉さまは人生で初めて「下っ端(下僕)」扱いされてしまう。いつも支配する側だった人間が、自分は何も悪くないのに立場が下だというだけで理不尽なおもいをさせられてしまうのだ。当然、下僕免疫のない彼女はいとも簡単に「悪いのは私だウイルス」に感染してしまう。普通ならパワハラだと認識できることであっても、本人だけが気づけない状態でいるのだ。
一方姉は幼い頃から超人だったため、ずっと親から期待されてきた存在でもある。そのため、自分のような人間にできないことがあってはならない、もっと頑張らなきゃ・・というエリート特有のプライドと我慢強さがあった。上司はそんな真面目な部下の性格を見抜き、安心してパワハラをしていたのではないだろうか。
弟の存在がキーポイント
姉の現状をしった弟は、強い。いつもは弱いのだが、幼い頃から虐げられていたため、ちょっとのことでは動じない。すっかり弱った姉を気の毒がりつつも、ちょっとウケると思っている程度にかましている。また、幼い頃から「痛み」も知っている彼は、姉の気持ち(心のペース)を尊重しながらも、会社を訴えるべくアグレッシブに動き出す。
ユーモアだらけのキャラクター
自殺とパワハラという暗いテーマにもかからず、本書は明るい。それは間違いなく個性と癖の強いキャラクターのおかげだ。なんと姉の裁判を引き受けてくれたのは、弟が通う大学の教授なのだが、彼はヤバイ。実はこの事件を担当するとき「お小遣いが稼げる!」と思っていたらしい。そしてちょっと”ひろゆき”っぽい。しかしめちゃくちゃ有能な弁護士で、相手を煽っては罠にハメて言質をとり、完全勝利に導いてしまう。この教授の面白さは半端ないので、ぜひ注目してほしい。
どんどんキミに似ていく|あらすじ・感想
<内容紹介>
何の楽しみもなく仕方なく生きている仁崎の前に、突然かつての想い人の娘が現れる。「あい」というその少女は、母親から何かあったら仁崎を頼るように言われていたといい、強制的に居候してきて・・・。
<感想>
あいはまだ十五歳の未成年だったため、勝手に保護したら仁崎は逮捕されるのでは?と、ずっとハラハラした。一応、警察には行っていたが、そこでの対応には明らかにミスがあり、なぜか二人はずっと同居できてしまっていたのだ。そのため、いつ「マトモな警察官」にバレて、処理されるのかヒヤヒヤした。ただ、仁崎は実の親よりもあいのことをきちんと育てていた。食事を与え、スマホを与え、服を買ってやり、学校に行かせ、将来的な自立の援助をした。特に仁崎から箸の持ち方を教えてもらったことで、人間関係がスムーズになったあいが「ありがとう」といったシーンにはグッとくるものがあった。ちょっとキモかったのは、仁崎があいの母親(陽子)に片想いしていたところ。たとえ過去の話であったとしても、完全に忘れているわけではなさそうに見え、あいに対し陽子の面影を探っていたところが「憧れのキミとは成就しなかったが、その娘(美少女)と一緒に暮らせるからラッキー!なんて男の幻想すぎる」と思った。
あいの母親
あいの母親は、娘に隠せないほどの自由人で、愛情に飢えていた。そのため男や薬に依存し、あいを育てることができなかった。学生時代も仁崎以外の男すべてと体の関係を持っていたらしい。そんな彼女を仁崎は愛情ではなく、同情していたのでは?その感情が保護精神だと自覚していなかったのではないかと思われ。
まとめ
この本の魅力は、なんといってもユーモアです。それもリアルなユーモアです。テーマが重い小説って、一般的に登場人物たちも深刻じゃないですか。でも、本書は違うんです。ドン底にいるからといって、それにぴったりなイメージでいようとしないからリアルなんです。
『姉が壊れた。』の弟くんがまさにそうで。彼は「敦」というのですが、弱った姉が幼児退行したときに昔の呼び方「あっくん」と言っちゃうんですね。普通だったらそんなふうになってしまった姉にショックを受ける弟という展開になりそうなところを、本書は「うっそwあんな性格悪かった姉があっくんとかくっそウケるww」と堪えきれずに爆笑してしまう弟という展開に仕上げちゃうんですね。
敦の知る姉は自分がやったことも弟のせいにするような、まったく自虐的ではない人間です。だからこそ、今のしおらしい姉を見ると「気色悪い」「やっと反省したか」と思ってしまうわけです。この決して「かわいそう」だけではない本音がとてもリアルで、イイ感じに肩の力が抜けていていいなと思いました。
そんなところがとても「新しい表現だな」と思ったのですが、それと同時に敦はちゃんと「あんなに無敵だった姉をけちょんけちょんにした上司を許せない」とも言っています。姉ざまぁな半面、身内を傷つけられた怒りも人一倍強いのです。そこはやっぱ弟だからね。鬱になった姉に理解のない母にも怒って、姉と接触しないように先回りしてくれたり、とにかく「痒い所に手が届く男」なのです。すばらしい。ただ、この優しさは悪い人に搾取されないように気をつけなーとも思いました。
さて、さいごに恒例の「総評」をしておわります。
評価:4/5
惜しくも満点ならず!『姉が壊れた。』『どんどんキミに似ていく』どちらも、ヒス女性を優男が救うという設定だったので、どちらかは違うタイプの人間模様が見たかったかも。というか男たち、(パワハラ上司とあいの父以外)めちゃくちゃ良い人。ここには書いていないサブキャラもみんな愛おしいやつらで好き。ある意味パワハラ上司も読みどころある存在だったので、あの面白弁護士みたいな人とひたすら対決する話も読んでみたいなー。次作に期待しています。
以上、レビューでした!