三浦しをんさんのザ・王道”お仕事小説”をレビューします。

 

『ゆびさきに魔法』というタイトルから、そしてこのきらびやかな表紙からも見てわかるとおり、今回はネイリストが主人公の物語になります。

 

今までお仕事小説はたくさん読んできましたが、ネイリストという職業はお初かもしれません。その時点で興味津々だった私。さっそくですが、あらすじと感想をどうぞ!

 

評価:4/5

表紙がキラキラしていて、それだけで女心をくすぐる一冊。ネイリストの日常を語彙力満載&くすっと笑える文章で楽しませてくれます。特別なドラマはなく、ひたすら職人としての生き方を丁寧に描いているので、時間があるときにゆっくり読むのがオススメ。

 

 

あらすじ・登場人物

 
<あらすじ>
月島美佐はネイルサロン『月と星』を営むネイリストだ。爪を美しく輝かせることで、日々の暮らしに潤いと希望を宿らせる――ネイルの魔法を信じてコツコツ働く毎日である。そんな月島のもとには今日も様々なお客様がやって来る。巻き爪に苦しむも、ネイルへの偏見からサロンの敷居を跨ごうとしない居酒屋の大将。子育てに忙しく、自分をメンテナンスする暇もなくストレスを抱えるママ。ネイルが大好きなのに、パブリック・イメージからネイル愛を大っぴらにはできない国民的大河男優……。酒に飲まれがちながらも熱意に満ちた新米ネイリスト・大沢星絵を得て、今日も『月と星』はお客様の爪に魔法をかけていく。

月島美佐と大沢星絵の「月と星」コンビによるバディ小説。お店の名前は従業員の名前にあやかったのではなく、まったくの偶然です。三十代半ばの月島が二十代の新米ネイリスト星絵を雇ってから日常に彩りが出てくるというもの。ちょうど公式に登場人物紹介があったので載せておきます↓

 

<登場人物>
月島美佐 『月と星』を営むネイリスト。丁寧で正確な施術が得意。悩みは人手不足。仕事に忙しく、恋の仕方は忘れてしまった。

大沢星絵 求職中の新米ネイリスト。独創的なセンスの持ち主だが、基礎技術に少しだけ難アリ。すぐに人と打ち解ける高い能力を持つ一方、酒に飲まれると記憶を綺麗に失う。

松永 居酒屋「あと一杯」の大将。巻き爪に苦しむも、ネイルへの偏見からサロンの敷居をまたごうとしない。煮付けを大沢に溺愛されている。
 
上野琴子 子育てに忙殺される。ネイルをしたいが、「母親失格」と思われるのではと気に病んでいる。

村瀬成之 国民的人気を誇るイケメン俳優。ネイルを心から愛するも、パブリック・イメージからそれを明かせずにいる。

 

ここにプラスして、月島の専門学校時代の友人(星野と下村)がいます。ちなみに星野は月島が前にやっていたネイルサロンの共同経営者。どうやら月島はとことん「星」という名を持つ人物に縁があるようです。

 

 

お仕事小説の面白さ

私は今時めずらしくネイルサロンに行ったことがありません。なので、本書を読むときもネイルサロンが未知なる場所すぎて、楽しめるか心配でした。はじめて知る専門用語やネイルの種類・工程にビクビクしながらも、筆者の丁寧な解説に励まされながら無事に最後まで読むことができました。

 

基本的には私のようなネイル素人にも問題なく読めます。ただ、一つだけまったく頭の中でイメージできない施術(ネイルフォームの装着)があって、そこだけはさすがに画像検索をして調べました(笑)ピンとこなかったイメージはそこだけなので、男性も全然つっかえずに読めると思いますよ!

 

おそらく本書を読み終えた方の七割くらいは「ネイルしたいなー(痛んだ爪のケア含む)」とウズウズするはず。もしかすると人によってはネイリストになりたくなるかも?ネイルはキラキラしているけれど、それを作るまでのスキルとセンスはまさに職人技!また、施術シーンだけでなく、在庫の発注や見本の作成、ネイル用品の紹介、キッズスペースの開設、被災地や老人施設への無料ネイルボランティア、ネイルエキスポの様子など、多くの仕事内容が描かれていて、ネイルの奥深さを知ることができます。

 

最大の面白さは、まるで自分が「月と星」のネイリストとして働いている気分になれるところ。これは読めばわかるので、そのときはこのレビューを思い出してください(笑)

 

 

おすすめポイント

本書のおすすめポイントは、仕事にピンポイントを与えた構成になっているところです。登場人物紹介で、月島は「恋の仕方を忘れてしまった」とありますが、だからといって小説にありがちな「でも、ある日運命の人に出会いました」「ひとりは寂しいし、結婚したいです」的な展開にはならず、ただ日々やるべきことを淡々とこなしていく姿が描かれているところが印象的でした。

 

仕事か恋か、その両方かという「恋愛」ありきの選択肢ではなく、最初から最後まで仕事人として生きる主人公を描くというのが新しいな、令和だなと思いました。また、月島の友人たちも互いを職人として尊敬・応援しており、一人だけ独身である彼女に対しても「今まで良い人いなかったの?」ではなく「真剣に仕事をしてきたんだね」というあたりがとてもいいなと思いました。特に下村さんという子は、めちゃくちゃ聡明で、言葉選びにしろ、気遣いにしろ、素晴らしい人間性に満ち溢れているのでぜひ注目してみてください。

 

 

感想

完成度の高さが売りの月島と、芸術性が売りの星絵はナイスコンビだと思いました。ネイリストとしての売りは違うものの、二人の根がクソ真面目なところはそっくり。本人は気づいていないけれど、月島は若い子を育てるのがとても上手いと思いました。一方、星絵はコミュ力の天才で、彼女が「月と星」に来てからお客さんは増えるわ、いきつけの居酒屋のおっちゃんたちとは仲良くなるわ、商店街の人たちとも仲良くなるわで、月島の交友関係も大きく広がっていきます。

 

特に居酒屋「あと一杯」の大将・松永with常連客は、星絵の練習台にもなってくれ、何かとよくしてくれる超いい人。男性陣も一度爪をケアしてもらったらピカピカになったのが忘れられず虜になっていたのが微笑ましかったです。

 

正直、本書を読むまで私自身はネイルにいいイメージがありませんでした。その理由は、姉が毎月ネイルサロンに行っているのですが、その度に「きれいにしたばかりだからアレしたくない、爪が長いからコレしたくない」といって、あらゆるすべてを周囲の人間に押し付けていたからなんですね。

 

しかーし、本書を読んでわかっちゃいました。スカルプはちょっとやそっとのことでは壊れないし、基本的な作業では問題がないように作られているということを!!これに関しては説明してくれた月島さんありがとうという感じ。これで私の中の「スカルプをすると何もできない」という偏見は打ち砕かれ、シンプルにおしゃれで気分が上がる芸術作品という評価に変わりました。むしろ姉のような人のせいで、チャラいという間違った偏見を持たれちゃうのだろうな。

 

また、私は足の親指に血豆ができて破裂してから、爪が正常に生えなくなって困っていたのですが、同じような症状の人が「月と星」で治してもらっていたのを見て、明るい希望が持てました。医者に診てもらったら「爪は一度やると治りません」と三秒で追い出されたのですが、本書を読むかぎり私も爪がない部分の肉が盛り上がっているのが原因で新しい爪が生えてこられないのではないかと思うので、ネイリストに相談するのも手だなと思いました。

 

はじめは「可愛いな」と思って手に取った一冊だったものの、思いのほか勉強になってびっくり。爪の切り方は参考になったので、今度から試してみよっと。本書でも描かれているのですが、ネイルは男性でも、子育て中の女性でも、お年寄りでも誰でも楽しめるリフレッシュ法なので、興味と金銭的余裕がある方はぜひチャレンジしてみてください。

 

ネイルは「どうしてもしなければならないもの」ではありません。しかし、そういったことにお金をかけられる贅沢さを味わうことで、どんなに疲れているときも、爪を見る度に心に余裕と輝きを取り戻せるのではないかなと思います。

 

 

ネイルアートは、ネイリストの自己表現を追求する芸術ではない。だが、客の要望に適度に応えつつ、ぽこぽこと数だけこなす技術があればいいというものでもない。(略)後世に残ることは決してない、三週間ほどで消える魔法。その魔法を施すのも、施されるのも人間だ。P363

心に潤いがほしいとき、気分転換したいとき、あなたも魔法にかけられてみては?

 

 

以上、『ゆびさきに魔法』のレビューでした!

 

 

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