第62回野間児童文芸賞受賞作品のレビューになります。

 

私の評価は5/5。主人公は高校生ですが、小学校高学年~大人まで幅広く読むことができます。ただ、人によっては小学生では難しいかもしれないので、ぴったり対象年齢に適していると言えるのは中学生からかな?

 

おそらくキュートな表紙と奇抜なタイトル、そして児童書というアンバランスさに興味を持つ人は多いでしょう。感想としては「これから読む人は、絶対に余計な情報をいれないで読んだ方がいい」と思うのですが、レビューにあたり、どうしてもネタバレしないと書けない部分があるのに加え、ただ面白いから読んで!だけだと大人にスルーされちゃう可能性が高いので、なんとか詳細を避け、ギリギリのラインで紹介していこうと思います。

 

 

 

  あらすじ・タイトルの意味

 主人公のヒロこと広瀬結愛は高校生になったばかり。しかし結愛には幼馴染の杉森くんを殺すという目標があります。理由は杉森くんが嫌いだから。意地悪だし、自分勝手だし、いじめっ子だし、人でなしだし・・・とにかく自分を苦しめる存在なので消し去ってしまいたいのです。

 

そこで兄のミトに相談すると、「今のうちにやりのこしたことをやっておくこと、裁判所で理由を話すために、殺害までに至った経緯を日記にまとめておくこと」と返されます。少しギョッとする内容ですが、これは兄なりの妹を思ってのアドバイスなのです。

 

<タイトルの意味>

実をいうと、ヒロが杉森くんを殺したい本当の理由は、とてもかなしいものです。あまりにも辛すぎて、記憶や事実ごと消し去りたい、信じたくないという気持ちが「杉森くんを殺したい」という考えにつながっているのです。

 

 

  テーマは自殺

 本書は巻末に自殺防止ダイヤルや困ったときの相談先などがリストアップされています。つまり自殺を扱った物語なのです。ちょっとここからはネタバレを含んでしまいますが、ヒロは杉森くんに対し苛立ちと罪悪感を抱いています。なぜならヒロのことを精神安定剤がわりにしてきたため、ウザくなって距離を置いたら、死なれてしまったからです。

 

ヒロが抱える苛立ちとは、長いあいだ杉森くんの依存先にされていた疲弊を意味します。罪悪感とは元親友を見殺しにしてしまった後悔を意味しています。

 

正直、これは子供一人が背負える問題ではありません。メンタルに不調を抱えていた杉森くんも辛かっただろうし、それを一人で受け止めるヒロも同じように辛かったはず。しかし、この世に残されたヒロはこの複雑な感情と共にこれからの人生を歩んでいかなければなりません。

 

 

  大事なこと

 しかし、杉森くんに対し「自分を精神安定剤にしないで!」と思っていたヒロも、高校でできた友人・良子に対し「わたしも彼女に甘えて依存していないか」と悩むようになります。ただ、そう思える時点でヒロは自立しているし、良子もダメなことはダメ、大丈夫なことは大丈夫だとしっかり伝え、「わかってくれる」子だったので、共倒れすることはありませんでした。また、良子がそういったことへの知識があったのも幸いしたといえます。

 

誤解がないようにいうと、これは決してヒロが偉くて、杉森くんがダメだったということではありません。ヒロの周りには偶然頼りになる兄がいて、両親がいて、良子がいて、ボーイフレンドがいて、心配してくれる中学の仲間がいただけ。だからこそ、依存先をひとつにせず、悩みを受け止めるほうも逃げずにいられたのです。

 

 

わたしはがんばった。はじめこそがんばった。でも、そのうちつかれて、とうとう最後には杉森くんを見捨てて、トラウマ島からすべりおり、海に逃げだしてしまった。そして杉森くんは湖に沈んだまま、あぶくのひとつも出さなくなった。杉森くんは助けを求めるのが下手すぎる。せめて杉森くんは、湖から頭を出してぎゃあぎゃあさわいでくれればよかった。わたし以外にきこえるように。P187

 

わたしだって、弱いんだよ。わたしにだってキャパがある。無理をするとこわれてしまう。でもそのことを、杉森くんが忘れてしまっていた。わたしが杉森くんから逃げてしまったのは、わたしだけのせいじゃないと思う。もちろん、杉森くんのせいでもない。P188~189

 

 

  自分にとっての事実と生きていく

 私たちがどんなに相手の気持ちを想像しても、それは主観的な妄想でしかなく、事実にはたどりつけません。しかし、それは仕方のないこと。自分なりの現実や事実を採用して生きていくしかありません。なので、ヒロが「杉森くんを殺したことにしたい」のなら、そう思いたいのなら、それでもいいのでしょう。そうすることで、杉森くんの幻想をふりきれるのなら、死と正面から向き合えるのなら、アリなのだと思います。

 

杉森くんはとても繊細でやさしい子でした。人の気持ちがわかりすぎるが故にたくさんの苦労と我慢をしてきた子なのだと思います。小学校時代、ヒロがクラスメイトから浮きかかったときも、それをカバーしてくれたのが杉森くんでした。同い年の少女が抱えるメンタルの不調。それに気づけるほど、あまりにも森杉くんは大人すぎていたのです。

 

杉森くんの「我慢の器」は、ちょっとしたアクシデントを乗り越えるには、既にパワー不足だったのでしょう。中学生になって自分以外のみんながどんどんステップアップする中、一人だけ頑張れなくなったのはさぞ辛かったでしょう。一体カウンセラーは何をしていたのかと。ここは大人の出番だったと思います。なのに、その大人が寄り添うべくときに荒治療をして、甘えと批判してしまうなんて。リアルではこんな対応をしないでほしいなと思いました。

 

<まとめ>

どんなに優しい思い出があっても「自殺」と「依存」が友情を壊してしまう。本書の前半はそれがよくわかる内容になっています。だから最初のヒロは自分の気持ちをすべて怒りだと認識し、混乱しています。実際本書を読み終えてから、再度あの杉森くんへの愚痴を読むと、「杉森くんにこんなことを言っていたのか」と、かなりダメージを受けます。そういう意味では一度目と二度目でまったく印象が変わる本なので、何度でも読むことをオススメします。

 

さいごに、本書にも登場した「トラウマ島」の話について書かれた本を紹介しておわります。

 

宮地尚子著『トラウマ』

 

ドーナツ状の島があり、その真ん中には湖がある。そこにはトラウマを抱えた人が溺れているが、島の外にいる人たちには窪んだ湖にいる人たちが見えない。運よく発見されても、彼らを助けるにはトラウマ島を登り、湖に近づかなければならないため、常に死と隣り合わせの状態になってしまう。万が一足を滑らせたら自分の命も危ない。それでもあなたは助けに行きますか?

 

まさに杉森くんとヒロそのものですね。

 

心当たりのある状況にいる人は気をつけてください。

 

以上、レビューでした。