今回ご紹介するのは、金原ひとみさんの『ナチュラルボーンチキン』です。

 

主人公の浜野文乃は45歳、独身。現在は出版社の労務課で働いています。浜野はとても臆病者(生まれながらのチキン)なのですが、十年前に離婚を経験してから不安症を患い、毎日決まったルーティーンで動かないと胸がザワザワする体質になっています。

 

そんな浜野に何とか人生の「楽しみ」を思い出してほしいのが、編集部所属の後輩・平木直理。彼女は名の通り(「ひらきなおり」と読みます)人生いろいろと開き直って生きています。会社は平気でサボるし、美味しい物には目がなくて人の分まで奪って食べるし、彼氏がいてもホストクラブで遊びまくります。ちなみに両親が離婚する前は中直理(なかなおり)さんだったとのこと。

 

浜野はそんなTHE自由人★平木に誘われるがまま行動を共にしていくうちに、少しずつルーティーンまみれの生活から脱却し、人生の楽しみを取り戻していきます。

 

評価4/5

不安症の45歳×パリピの20代コンビが面白い。笑った。中年女性なら誰しもが抱える将来への不安に共感した。世の中には平木みたいな子がいると思うと、自分ももう少し心を解放させてもいいのかなと思った。

 

以下はネタバレ含むレビューになります

 

中年女性の悩み総まとめ

浜野が抱える不安は、独身中年女性の誰しもが悩むような問題です。老後問題、お金の問題、病気の問題、家の問題。考えるだけで発作が起こりそうな問題ばかり。それなら再婚してみれば?恋人作ったら?となるわけですが、浜野にはそんな余力はありません。この年で再度恋愛に失敗した時には、二度と回復できる自信はないし、もう何事にも傷つきたくないのです。そうはいっても、何も夢見たり期待したりしない人生なんて楽しいの?と思いますよね。

 

 

まぁ毎日つまらないですよね。でも私は敢えてつまらないを選び取り、つまらないを志し、つまらないを極めているので全く問題ありません。私はこのつまらないと自らの意思で同居しているんです。このつまらないだけが、私を傷つけず私を愛さずとも容認し、放っておいてくれるからです。P45

 

毎日同じメニューで食事を取り、色違いの同じ服を着回し、夜はドキュメンタリー動画を視聴して寝る。家族との縁は薄く、友人はゼロ。会社でも出世街道を外れ、家と会社とスーパー以外には出向くことすらない日々。確かにワクワクは皆無。ただ、この変化のない日常を送ることこそが、平穏無事でいられる唯一の方法になっているのです。

 

 

正反対の人間

ルーティーンで固めないと不安発作に駆られてしまう浜野の心に、堂々と挑んでくるのが平木です。平木は浜野に、ロックバンド「チキンシンク」のボーカル・かさましまさかこと本名松坂牛雄を紹介し、二人を急接近させます。

 

情報量が多いので整理しますと、かさましまさかは芸名で「かさ増し、まさか!」という発音でOKです。まさかは浜野よりちょっと年下の売れないアラフォーバンドマンで一年中ライブのため全国各地を回っています。このルーティンとは無縁のイレギュラー生活を送るまさかにとって、ルーティーンがちがち生活を愛する浜野はどこかホッとできる存在でもあるのです。なぜなら、まさかの周りにはマトモな人がいないので、浜野のようなキチンとした人は年相応に落ち着いているし、安心安全なわけです。

 

で、あれよあれよと二人は恋人(仮)っぽくなっていくのですが、上記の理由で恋愛に悲観的な浜野は、「付き合う」のではなく「付き合っていないという体裁の付き合い」をしようということになります。そうすれば、いざ何かあったときも「そもそも付き合っていないから」傷つくこともないという理論になるのだとか。

 

 

諦めるな、四十代

私はまだ三十代ですが、結構人生終わった感あるんですよね。けれど、浜野があまりにもすべてを諦めてロボットのように生きている姿を見ると、「いや、まだそこまで世捨て人にならんでもいいじゃないの」と思ってしまいました。

 

離婚後の浜野は、典型的な生きながら死んでいるパターンに陥っており、心の動きに変化がありそうなことから避ることで身を守っています。既に一生一人で生きていくプランでルーティンを組んでいるので、今さら誰かと生きていくプランに変更するなんて、もうできる気がしないのです。だからこそ、まさかとの付き合い方も半分守り、半分攻めみたいになっています。

 

ただね、思うのですよ。結婚も、子供も、仕事への挑戦うんぬんも怖いならしなくていい。けれど、「楽しみ」まで人生から奪う必要はないんじゃない?たまには豪華なランチをしたり、ライブに行ったり、サイクリングをしたり、疲れた心に栄養をやってもいいのではないかと思うのです。別に人生の大きな決断なんてしなくても良くて、日常の些細な幸せを集める程度でいい。そんな小さな動きくらいはあってもいいのではないか、そう思うのです。

 

 

感想

くそ真面目ルーティーンをこなす浜野とパリピバンドマンまさか。一見、この二人は正反対だと思いきや、実はステージから離れたまさかは普通にチキン野郎。えっ、まさか!しかし同じ性質でも行動面において二人が真逆なのは、浜野がチキンだからこそ守りに入る一方で、まさかはチキンだからこそ玉砕覚悟でチャレンジするように心がけているということ。

 

この発想の違いには、過去にまさかが熱烈なファンを事故で亡くしていることが関係しています。人はある日突然亡くなってしまうということが、まさかの心に行動力をもたらしてくれたのです。やらない後悔より、やった後悔のほうがマシ的なアレですね。この話を訊いた浜野は、少しずつ考え方が広がり出し、人との会話がいかに大事かを実感させられ・・

 

最後に少しだけ浜野の「痛み」について触れておわります。

 

仕事、恋愛、結婚、出産

 

浜野は最初のパートナーとの間でこれらすべてを完璧にこなそうとして壊れました。外圧に苦しみ、一生懸命普通の女性になろうとして、不妊治療に励む姿は読んでいて辛かったです(なのに元夫が非協力的で、治療費を一銭も出さないのはキツイなと思いました)。けれども、世の中には平木やまさかのようなイレギュラー人間こそが人生を謳歌していて、「人生なんて自分のために生きればいいじゃん、普通って何?楽しく本能で生きよう」と、浜野においでおいでしてくれたおかげで救われます。そこには悩める中年独身へのヒント的なものが描かれているので、ぜひ注目を。

 

傷つかないように生きている人や、不安で身動きとれない人は、ぜひ本書を読んでみてください。平木とチキンシンクのメンバーがあなたを摩訶不思議な場所に連れて行ってくれるはず。テーマは重いのにクスクス笑いながら読むことになるので、くれぐれも電車では読まないようにお願いします。

 

以上、『ナチュラルボーンチキン』のあらすじ・感想でした!

 

 

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