第六十回文藝賞優秀作。

 

25歳の美帆は買い物依存症で性依存症。スマホで消費者金融アプリとマッチングアプリを交互に見る生活を送っています。現在は日当7500円のバイトをしていますが、いつも遅刻しそうになるため2000円払いタクシーで通っています。もちろん、お金はないのでバイトへ行くたびにタクシー代は借金。そもそも自分がいくら借金しているかなどわかっていないし、返せなければ死ねばいいと思っています。

 

バイト先で再会した高校時代の同級生・宇津木は美帆の元カレ。宇津木は美帆が気まぐれで付き合った男の一人ですが、宇津木にとって美帆は「唯一の彼女」です。そのため別れた後も7年くらい美帆のストーカーをしているのですが、美帆はまんざらでもない感じ。今までどの男ともカラダだけのフランクな付き合いしかしてこなかった美帆にとって、宇津木の愛はホンモノ。宇津木のことなんて全然好きではありませんが、無償の愛を感じられるなら、このストーカーを容認してもいいと思っています。そして宇津木自身もそんな美帆の心の闇に気づいて、あえて筋金入りのストーカーを演じていきます。

 

 

 

読書ポイント

 

美帆は貧乏な家庭で育ちました。おまけに両親は不仲。夫婦喧嘩をするたびに美帆を議題に挙げ、「離婚するならお前が引き取れ」「だから俺は子供なんていらないといったんだ」というNGワードを連発してきました。

 

そんな生い立ちのため、美帆はぽっかり空いた心の穴を男の体で埋めようとします。できれば相手にするのは、真剣な感情を持たなくて済むようなクズ男。けれども顔くらいはイケメンでいてほしいし、会話のテンポが良くイラつかせない人がいいというくらいのプライドはあります。

 

そんなときにマッチングアプリで引っかけたのが、アメというバンドマン風情のクズ男です。アメにはナムちゃんという彼女がいますが、アメはクズなので時々暇つぶしで遊んでいます。美帆はこのちょうどいい男アメと気分が落ち込んだ日に遊んでは今日を生きるスタイルを送っている状態です。(もちろんその様子を宇津木は監視しています)

 

まったく意味が分からないことをいうと、美帆はアメの彼女ナムちゃんが大好きです。ナムちゃんというのは、美帆が勝手につけたあだ名ですが、美帆はナムちゃんが働くベトナム料理店に行ったときに一目ぼれして、人生ではじめて「友達になりたい」と思った人です。結局猛アプローチをして友達になってもらい、「アメなんかよりナムちゃんが好き」と言いながらも、アメとの関係をやめないのが美帆。刹那的に生きすぎて、相手の気持ちがわからないのに、自分だけが一番傷ついていると闇落ちするのが、この美帆という女なのです。

 

 

心に刺さった文章

 

①美帆はまるでファッションのように死をほのめかします。頼れる家族がいないナムちゃんに対しても、家族の愚痴を話し、アメの愚痴を吐き、まぁなんて無神経。そんな美帆にナムちゃんがかけてくれた一言は、この物語の結末につながる重要な伏線にもなっています。

 

 

そうね。でも私は信じたいのよね、どんな家族にも、形はいびつだったり間違いがあったりしても、ぎりぎりのところで愛はあるってさ。(P90)

 

②美帆は借金にしても、男関係にしても、いつもその失敗を生い立ちのせいにしてきました。どうにでもなれとヤケになって生きているだけなのに、その責任は自分にはない。そう思ってきたのですが・・・

 

 

私はなにかを選ぶとき、いつも無意識に悪いほうを選んでいる。もしくは考えに考えたのに、最後はどうでもよくなって悪いほうを選ぶ。(P111)

本当は何もかも人のせいにしているだけで、すべては自分が招いた結果だと考えるようになります。

 

 

わかっていた。全部私のせい。(略)そんなことはわかっていた。それが悔しくて、その悔しさをどこに向ければいいのかわからなくて、少なくともこのレクサスだけは私の人生くらいダメにしてやろうと思った。人間関係にひび、精神に亀裂、信用に穴、心に空洞、それゆえ廃車の私の人生と同じくらいに傷つけたかった。(P156)

 

 

感想

 

なんだかすごくマトモではないのだけれど、最後は不思議と泣けてきちゃう一冊でした。美帆が求めていたのは愛なのね、無償の愛なのね。けれども、美帆はそれを上手に受け取ることができなかった、受け取り方を知らなかった。

 

おそらくめちゃくちゃ適当に生きている(なんかあったら死ねばいい)美帆に、みなさんはちっとも共感できないでしょう。しかし、残念ながら、私は時々この子が言っている叫びがわかるような気がしました。美帆のダメな部分はいっぱいありますが、ある意味人間らしい部分もあり、そういうところに「やばい、ちょっとこれはわかるかも」「私もそうかも」と、共感しては変な罪悪感がわいてきました。

 

そもそも美帆は貧乏で、不仲な両親を抱えていても、別に不幸ではありませんでした。まだ絶対的に生きていた頃は、家庭環境はヤバくても、それはそれで、という精神でエンジョイしていたのです。しかし加代子というお金持ちの同級生によってその価値観は物の見事に崩され、いつしか相対的に生きるようになり、その結果「自分はおわっているのだ」と実感するようになります。

 

この加代子という女が最低で。幼い頃から美帆の唯一の友達(美帆はそう思ってはいない)ぶっては、美帆に彼氏や他に仲の良い子ができると嫉妬し、悪い噂を流して関係をぶった切ってきました。もう加代子に関しては、いつも喧嘩ばかりの美帆の両親もなぜか悪口で結束してしまうくらい嫌な女、と思っていただいて結構。なんだか貧乏人を見下すようなところがあり、イヤーな感じの女なのです。

 

物語はこの加代子の死をきっかけに大きく動き出します。加代子が亡くなる直前まで、美帆はいつも通り男たちと遊び回っていたのですが、その日ばかりは加代子もそこに加わっていたのです。しかし他のメンバーと酷い別れ方をした後、加代子はホテルの五階から飛び降りていたらしく・・・。

 

さっそく美帆のもとへ刑事がやって来ますが、今までヤバイ生き方しかしてこなかった美帆は、「その日加代子さんと何をしていたの?」ときかれても、ヤバイ答え(男女四人で乱交してました)しか出てきません。当時の状況を事細かに説明しなければならないため、話せば話すほどイカれた女でしかなく・・・。ちなみに宇津木との関係も「彼はストーカーらしいが、なぜ一緒に珈琲を飲んだりしてるんだ?」と問われ、「ファッション感覚のストーカーなんで」という意味不明な返事をします。

 

もちろん、こんな美帆を刑事が怪しまないはずはなく・・・

 

ひとつの死をきっかけに、これまでの生き方が不可能になっていく美帆。どうしよう、どうしよう。

 

しかし、みなさん思い出してください。美帆はとんでもなく阿呆です。すぐに「なんかあったら死ねばいい」精神を引っ張り出して、適当にその場を生きていくスタイル。

 

ここからさらにパワーアップした行動を繰り広げます。

 

ちょっと最低な部分もありますが、感動的な部分もあり。

 

ラストは自分の生死すらも「運」にかける行動に出るので、乞うご期待。まさにおわりのそこみえ。

 

 

以上、『おわりのそこみえ』のレビューでした!