今回ご紹介するのは、ディープフェイクの被害者を描いた小説になります。

 

浅倉秋成さんの『俺ではない炎上』という作品には、自分のなりすましに迷惑をかけられる男が登場します。一方、これからご紹介する福田和代さんの『ディープフェイク』には、何者かにAIでつくった偽動画をバラまかれ、体罰教師にしたてられた男が登場します。一見似ているような話ですが、後者ではよりSNS社会が”悪化”しています。

 

ディープフェイクとは、人工知能を応用した画像・映像合成、生成技術のことを指します。この技術を使えば、本物そっくりのフェイク画像や動画がつくれ、簡単にフェイクニュースに繋げられます。本来この技術は未来の発展のために必要とされたものでしたが、近年では世の中を”騙すため”の技術として悪用され、多くの人が情報社会の混乱に陥っています。

 

 

 

 

 

 

 あらすじ

 

主人公の教師・湯川鉄夫こと「鉄腕先生」は、過去に生徒間で起きた事件を解決したことが記事になり、今では教育番組のレギュラーコメンテーターを任されているほどの有名人です。ある日、鉄腕先生は自分が女子生徒とホテルで密会していたという週刊誌報道を流されます。それを合図に、ネットではディープフェイクでつくられた、鉄腕先生が生徒に暴力を振るう動画まで流されてしまいます。

 

もちろん、それらはすべて嘘。しかし、鉄腕先生を嫌っている保護者が騒ぎに便乗して偽動画を拡散し、さらにありもしない嘘の情報を書き込みます。それだけではありません。この保護者は息子に「先生が校内で体罰をしている」と嘘をつくよう指示し、同級生を巻き込んで、鉄腕先生を追いつめていきます。

 

あっと間に大炎上した鉄腕先生は、テレビ番組を降板させられ、学校まで辞めさせられそうな事態に。暫くホテルに身を隠しますが、なぜか宿泊先がバレて絶体絶命の大ピンチに陥ります。一体誰がこんなことを?犯人に全てを奪われた鉄腕先生は、何とかして無実を証明しようと弁護士に相談します。しかし、そうしている間に女子生徒の個人情報が特定され、ネットはさらに盛り上がってしまい・・。

 

 

 

 敵か味方か

 

真っ先に弁護士から言われたのは、「誰も信用するな」ということでした。鉄腕先生は自分に優しくしてくれる人を含め、誰が犯人かわからないため、最初は警戒していましたが、段々と敵と味方の区別がついてくるようになります。そして、そのわずかな協力者のサポートによって、鉄腕先生は少しずつ無実の証拠を集めていくことになります。

 

幸い鉄腕先生には、事件後も「あの先生がそんなことをするわけがない」と信じ続けてくれた人がたくさんいました。女子生徒の友人たちに至っては、ちっとも疑っていなかったのです。それどころか、「先生と穂乃果(女子生徒)は〇〇だったんだよね?」と勘違いすらされていました。

 

この〇〇に入る部分は「付き合っている」という意味ではありません。あの日、ふたりがホテルで密会していても何ら不思議ではなく、逮捕案件にもならない理由があったと言っているのです。どうやら穂乃果自身が友人たちに鉄腕先生と自分の関係性について語っていたようで・・・。

 

さらに校長、教育委員会、鉄腕先生の人気に嫉妬していた教師からは全くサポートを得られないどころか、噂が嘘だということすら信じてもらえなかったのに、教頭だけは親身になって動いてくれます。しかし、なぜ教頭がここまで鉄腕先生を守ってくれるのかはよくわからず、何となく違和感は続きます。

 

他にも鉄腕先生の味方はたくさん。”鉄腕先生”の生みの親になった記者や、同じ番組に出演している先生たち、そして元教え子です。このメンバーを揃えて、鉄腕先生はすっかりフェイクニュースを信じ切った世間に打ち勝てるのか。ここから先はぜひ直接本書を読んでご確認ください。

 

 

 

 感想

 

まず、ディープフェイクの制作者を特定するのは、とても困難(ほぼ無理)だということに恐怖感を抱きました。相手はITのプロですからね。警察を挟んでも個人を特定できないように、あれこれ逃げ道を用意しているため、「おそらくこの人が犯人だ」とわかっていても証拠がつかめません。自分がこんな被害に遭うことを想像するとゾッとしますね。

 

それこそ少し前までは「なりすまし系」アカウントの存在が問題になっていましたが、今はもうディープフェイクの時代になっています。たとえば有名人がスタッフや共演者の悪口を言っているところを録音され、流出させられるのが”これまで”だとしたら、現在は言ってもいない悪口をAIが自分そっくりの声で広めてくれるみたいなことですよね。

 

SNSを観察していると、まぁ有名人の情報を売るアカウントが多いこと。写真やLINEを証拠としてこの人が〇〇してた~、録音した音声や動画を流して〇〇が不倫してた~など本当か嘘かわからないものばかりです。しかし、それらを見ているかぎり日本ではまだアメリカのようなディープフェイクは見かけませんが、これからはどうかわかりませんよね。ちょっと、今の時点でさえかなり騙されやすい人が多いので心配です。

 

おそらくネットに書いてあることのほとんどが嘘くらいに思っていたほうが健全だと思います。鉄腕先生の苦労を思うと、気の毒なシーンが多くて切ないですが、とても面白い作品なのでチェックしてみてくださいね。犯人はすぐにわかると思います!ただ、複数人いるのでよく推理してくださいね。

 

 

以上、『ディープフェイク』のレビューでした!

 

 

読んで一言

デマを流し、目元にモザイクありとは言え、未成年の画像を載せた記者はきちんと責任を取るべきだと思う。