”電子書籍化絶対不可能”というキャッチコピーにひかれていました。杉井光さんの『世界でいちばん透きとおった物語』。紙の小説で出来る細工と、題名から考えてみて、おおよその検討はついていましたが、これは凄い本です。著者自身はもちろん、編集者、校正・校閲担当の方々はとても苦労したことでしょう。「よく作れたな」の一言です。

 

ここだけの話、ストーリー自体の面白さは★★☆☆☆くらい。何となく先が読めるし、これといった出来事もなく、ワクワクもしません。しかし、こんな特殊な形態で小説を書くには、凝ったストーリーは難しいし、なんだったら文章を作ること自体が難しいはずです。なのによくぞここまで形にしたなぁと驚きのレベル。そういった苦労を含め、総合判定すると★★★★★になります。

 

もしかすると、(私もそうだったのですが)本書の表紙と題名を見るかぎりでは、若い子向けの恋愛小説だと思われる方が多いかもしれません。それで読まない!という方もいらっしゃるでしょう。ただ、この表紙と題名のイメージとは違い、実際の物語は謎解き系&芸術系に徹しています。

 

 

 

<あらすじ>

大御所ミステリ作家の宮内彰吾が、癌の闘病を経て61歳で死去した。女癖が悪かった宮内は、妻帯者でありながら多くの女性と交際しており、そのうちの一人とは子供までつくっていた。それが僕だ。宮内の死後、彼の長男から僕に連絡が入る。「親父は『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルの小説を死ぬ間際に書いていたらしい。遺作として出版したいが、原稿が見つからない。なにか知らないか」奇妙な成り行きから僕は、一度も会ったことがない父の遺稿を探すことになる。知り合いの文芸編集者・霧子さんの力も借りて、業界関係者や父の愛人たちに調べを入れていくうちに、僕は父の複雑な人物像を知っていく。やがて父の遺稿を狙う別の何者かの妨害も始まり、ついに僕は『世界でいちばん透きとおった物語』に隠された衝撃の真実にたどり着く――。

 

ストーリーはいたってシンプル。大御所ミステリ作家の宮内彰吾が亡くなり、その愛人の子である藤坂燈真が亡き父の遺作を探すというもの。

 

宮内彰吾と藤坂燈真は一度も会ったことがなく、燈真は母と二人で暮らして来ましたが、ある日突然母を事故で失ってしまいます。その後、父の死も知ることになるのですが、なぜか本妻の息子から宮内彰吾の遺作探しを頼まれ、引き受けることになります。

 

そこで燈真は父の愛人たちから探りを入れることにしますが・・・

 

実は宮内は、女ったらしで我儘な超屑作家として有名で、出るわ出るわ、関係を持った女性たちが!癌で亡くなる直前まで女遊びをやめない、文才はあれど、人間としてはどうしようもない人でした。

 

宮内は母が燈真を妊娠したときも、堕胎を求めたらしく、いざ産むことに納得しても認知せず、お金も出さずで、知れば知るほど屑エピソードが出てきます。

 

困ったことに、宮内彰吾のどうでもいい伝説は出てきても、肝心の原稿のありかは誰の口からも出てきません。親しい人たちによると、何かを書いていたのは事実ですが、それがどこにあるのかはわからないらしく、そういったやりとりが物語の終盤まで続きます。

 

ちょっと読んでいて苦痛なのが、展開のない状態が衝撃の結末までずっと続くことです。そこを我慢して読むとラストシーンの感動に繋がるのですが、正直ここまでが辛い。だんだん結末も読めてきているので余計にです。なので今から読み始める方は、あまり推理せずに淡々と読むことをオススメします。

 

これはネタバレにならないと思うので言っておくと、燈真は小学生の時に脳外科手術を受けています。何の病気かは書かれていませんが、新しいレーザー光線を使った治療を受けた際に、一時的に目が見えなくなったことがあり、その後視力は回復しましたが、本を読むと目がチカチカして辛くなるという後遺症が残ってしまいました。

 

どうやら燈真はコントラスト過敏になってしまったようで、白紙に黒い字といったようにコントラストがハッキリしているものを見ると、視覚にとてつもない負担がかかってしまうとのこと。そのせいで大好きな読書が思うようにできずストレスを感じているのは確かです。

 

まぁこれが遺作のヒントになるのですが、彼が残した『世界でいちばん透きとおった物語』がどんな本なのか、ぜひ皆さんも想像してみてください。

 

ちなみに私がこの本の仕掛けに素早く気づいた理由は、いつも読書をしている途中で誰かしらに呼び出され、中断させられることにありました。きりの悪いところで中断すると、再度読む時に何行か戻らないと内容が思い出せなかったりするので、結構なストレスだったんですね。しかし、本書を読んでいる時に私は、中断しても”すぐに戻れる”ことに気づきました。なぜなら一文がページのめくりをまたぐ事が絶対になかったからです。見開きの最後の行には必ず文の終わりがくるという読みやすい文体。あっ!これは!と思い、自分なりに紙の本を読んでいる時に遭遇した困ったエピソードを考え並べてみると、宮内彰吾のやろうとしていたことがわかってしまったのです。

 

もう紙の本で「透きとおった」といったらアレしかないじゃないですか。私も経験ありますよ。アレのせいで次の展開に気づいてしまったこと、私もありましたよ!!おそらく読書好きのみなさんなら経験したことがあるアレです!!

 

宮内彰吾は遺作に5マスの空白を挟んだ鉤括弧を用意していました。

 

『     』←これが最後のページの左側にぽつりと書かれています。
 

この本の仕掛けを理解した方には、ある文字が浮かび上がってくるので、楽しみにしていてください。これは絶対に電子書籍では不可能です。完全に透きとおった物語になっていますよ。

 

最後に、本書は京極夏彦先生からとてつもない影響を受けていることがわかる一冊です。著者の京極先生への愛とリスペクトがつまった物語でもあります。

 

私は本書の内容よりも、仕掛けよりも、その部分にグッときましたね。小説の構成上とてもサラッと読める文章なので、時間はとりません。気になる方はぜひ手に取ってみてください。

 

 

以上、『世界でいちばん透きとおった物語』のレビューででした!

 

 

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