今回ご紹介するのは、いつの間にか詐欺師になっていた女性の物語です。
愛されたい
主人公の紅はハウスクリーニングで働いていた時代、掃除以外のサービスでも人気を得ていました。それはお客のメンタルケア。住まいをゴミ屋敷にしてしまう人というのは、そもそも心が疲れてしまった人というパターンが多く、そんな人々の心に優しく寄り添うことを紅は生きがいにしていました。
しかしそれは対価にはなりません。あくまでも紅が好きでやっているサービスです。お客様アンケートでどんなに高評価を受けても、決して特別手当がつくことはなく、すべて会社の利益になってしまいます。そんな紅を見た母親の奈津子は娘に独立を勧め、紅は「開運お掃除サービス」を立ち上げることを決意します。
この「開運お掃除サービス」というのは、いわゆるインチキ事業です。お掃除をすると運勢がアップするよ~という嘘をモニターを使って宣伝し、さも真実であるかのように売り出すというもの。そんなことに騙される人がいるの?と思いますが、いるんです、これが。しかも大量に。
親からの愛情を知らずに育った紅は、常に愛に飢え、愛を欲していました。そのせいか、自身と同じような人が求めている言葉がよくわかり、いつしかその才能を使って相手をコントロールできることに気づくようになります。幼い頃から読書ばかりをしていた紅は、豊富なボキャブラリーを持っていたこともあり、いとも簡単に信者の獲得に成功してしまいます。
「開運お掃除サービス」の収入源は主に、サロンと講演会です。そこで紅がちょろっと何のご利益もないお掃除方法を紹介するだけで信者たちは喜び、幸せのためにお金をたくさん落としてくれます。しかし、良いことは長く続きません。紅がお掃除先生としてすっかり有名になった頃、一部の信者がある事件を起こし、「開運お掃除サービス」はSNSで猛批判をくらうことになります。
何とか困難から逃れようとした紅は、世間に対し見苦しい言い訳をしますが、かえってそれが火に油を注ぐような結果になってしまいます。まさに”絶体絶命”の大ピンチ。そんな時、紅はとんでもない考えを思いついてしまいます。どんどん信者の数が減っていくことに焦った紅は、お掃除効果でドン底から幸せになった信者を紹介することで起死回生を図ろうとするのですが・・・
もちろんこの内容自体は作り話なんです。サロンでもとりわけ不幸で有名な信者にお金を渡して嘘の証言をしてもらおうという計画だったのです。こうして紅は嘘に嘘を重ねていくことになるのですが、結局それはバレてしまい、多くの信者を失ってしまいます。
特別な何か
紅の信者はどれも似たりよったりな人が多い印象でした。専業主婦からヨガインストラクターやアロマセラピストの資格を取り、起業して、授業料の元を取りたい!!と思う女性たち、何の不満もないけれどそれが怖い女性たち、家庭も仕事も上手くいかずどこにも居場所がない女性たち、驚くほど不幸な女性たち。紅のもとに集まるのは愛に飢え、満たされるために特別な何かを手に入れたいと願う人ばかりでした。
紅さんの言葉には愛があります!紅さん私に愛と自信をください!大丈夫だって言ってください!
不思議なことにサロンの掲示板に書き込まれる内容は、すべて自分の相談や欲求ばかり。誰も他人のことを褒めたり、感謝したり、慰めたりはしません。自分からは何もせず、人から与えられるのを待つ人ばかり。ちょっと異様な光景です。
初めは堂々と教祖になり切っていた紅ですが、信者たちの暴走する様子を見ているうちに、段々と自分のしていることが怖くなってきます。いつか頑張ってお掃除をしてもご利益がないと言われる日が来たら・・本当はみんな裏では私のことを悪く言っているのではないか・・
そう思えば思うほど紅は、信者に対し説得力のあることを言わなければと必死に言葉を投げかけますが、その内容はどんどん強迫めいたものになっていきます。
生きていくためにはまやかしが必要だ。誰もが、誰かを愛する振りをして、明日に希望があるような振りをする。嘘でも構わない。ただ人生に何か意味があるように見えさえすれば、それでいい」P228
最後の方は紅よりも信者の方がつくられた紅のイメージを守るために必死になっていたように見えました。自分の弱さを紅を信じることで忘れたい。そう思い込むことで今まで何とか立っていられたのでしょう。こうなってようやく紅はたくさんの人を騙し、傷つけていたことに気づき、後悔します。
感想
紅は本当に口から出まかせ的なことが上手く、しかもいいことばかりを言うんですよ。たとえば他のサロンの悪口をいう信者に対し「悪口は心のゴミになるから、私は言わないことにしてるんです。後の片づけが大変だし」(P156)なんて言ってなだめるのです。いや、ふつうに名言じゃん!!と、私でも思ってしまいます。
ただ、なぜ紅はこんなにもグッとくる台詞ばかり言えるんだろう?と、考えると、やはりそこには彼女自身の辛い経験があるからなんですね。本当に病んでいたのは信者ではなく、紅本人だということがわかってきます。
何かをはじめよう、あるいは選び取ろうとすれば即座に『自分は間違っているかもしれない』という考えが湧き、結局手が出せなくなる。何をやっても間違った方を選ぶに違いない。それが自分なのだから―自己不信の沼に沈んだ者は、そうして全ての意欲を封じられ、生きながらにして死んでいく。信じていたものを覆されるとは、そういうことなのだった。P319
紅は自分を必要としてくれる人が欲しかった。そういった人をつなぎとめたい一心で偽の愛情の言葉を投げかけた。しかし、そうすることで大事な人たちを裏切ってしまった。信じてくれた人を傷つけてしまった。それは自分が母親にされて一番イヤだったことと同じなのに、なぜか自分もしてしまった。
おそらく紅の心の中には「母親と同じことをすれば母親に近づける、褒めてもらえる、愛される」という意識があったのでしょう。まぁそんなわけはないのですが。しかし、紅が本当に捨てなければいけなかったのは、そういった自分でした。他人のお掃除をしてメンタルケアをしている場合ではなく、母親に期待する自分を捨てなければならなかったのです。
かつて自分を信じられなかった信者たちは、自分を信じるかわりに紅を信じました。その方が楽だからです。自分を信じたり、期待することには勇気がいるからです。それなら他人にすべてを委ねた方が安全でいられるし、何かあっても自分で責任を取らなくて済む。しかし、そんな信者たちが今では紅に愛想をつかし、しっかりと前を向いています。と、いうふうに私は解釈しました。
まとめると、紅は人の部屋のお掃除をしている場合ではなく、自分の心のお掃除をしなければいけなかったんだよ、という話。お掃除で開運!は嘘かもしれませんが、心を綺麗サッパリにした紅には良い運がやって来るかもしれませんね。そればかりは嘘じゃないかも?
私も片づけは大の苦手で、そういう自覚があるため、できるだけ物を買わないようにしています。ただ、家にひとりでも散らかしマンがいると自分ひとりの努力ではどうにもならないのが現状。もう散らかり切っているとどうでもよくなってくる気持ちはわかります。片付けはそれくらい気力がないとできない行為だと思います。綺麗で広い部屋にいると心が安らぐし、その逆だとそこにいる人もイライラしている気がしませんか?部屋が汚いと心にも余裕が消える、心が病んでいると部屋まで荒れてしまう。これは真実です。
本当に必要なものって実はあまりないんですよね。これからはもっと何でもポイポイ捨てられる人になりたいと思った一冊でした。
信じたい人と信じさせたい人はどちらも根っこは同じ。信じたい人が信じさせたい人をつくっているし、その逆も言える。自分に意味を持たせるような愚かなことはしない。自己啓発と承認欲求の押し売りに騙されてはいけない。
以上、『あの光』のレビューでした!